雇用にはむしろマイナスの影響も

 次に懸念されるのは雇用への影響である。コスト増に耐えられなくなった企業が倒産を選択するか、あるいは稼働時間を減らして供給量を減らすために、仕事がなくなるからである。

 この影響に関しては、国によっても影響が異なる中、日本においては、Kawaguchi and Mori(2021)、Okudaira, Takizawa, Yamanouchi(2019)とKanayama, Miyaji, and Otani(2025)の論文が参考になる。

 まずKawaguchi and Mori(2021)の分析では、労働力調査と賃金構造基本統計調査を用いて、最低賃金が1%上昇すると、学歴の低い若い男性の雇用が1.2%減少するということが観測された。

 厚生労働省の中央最低賃金審議会は8月、2025年度の最低賃金の目安を6.0%引き上げることで決着したが、単純計算すれば6%の最低賃金の引き上げは学歴の低い若い男性の雇用が7.2%も減少することにつながるということだ。

 Okudaira, Takizawa, Yamanouchi(2019)の工業統計を使った製造業に絞った分析では、1%の上昇で0.5%の雇用が減る、つまり、今回の賃上げでは3%の雇用減を見込む。

 また、Kanayama, Miyaji, and Otani(2025)の隙間バイト(スポットワーク)アプリ、「タイミー」のデータを使った興味深い研究では、最低賃金が1%上昇すると、最低賃金レベルの雇用(バイトのシフトの数・量)が約0.39%減少する。つまり、今回の最低賃金引き上げで2.34%もの仕事(バイト)が減るわけだ。

 官邸は、最低賃金引き上げの目的の一つに、地方創生も盛り込んでいる。都市部と地方の賃金格差是正のためだ。しかし、Kawaguchi and Mori(2009)から、地方の方が最低賃金付近の仕事の割合が多いことがわかっており、雇用減少の影響はむしろ地方の方が大きいことが予想される。

 最低賃金の引き上げによって都市部と地方の格差是正が進むのか、これらの結果を見ると懐疑的にならざるを得ない。

「貧困対策」としての限界

 これらの結果を総合すると、日本の最低賃金制度は貧困対策として必ずしも有効に機能していない。理由は大きく2つある。

(1)ターゲットのずれ

 最低賃金で働く人の多くは、貧困層ではなく中所得以上の世帯に属している。そのため賃上げの恩恵が「本当に支援が必要な世帯」には届きにくい。

(2)雇用機会の減少

 日本においては、最低賃金の引き上げは最低賃金レベルの働き口を失うリスクがある。とくに若年層と地方が影響を受けやすい。

 では、どのような政策が望ましいのか。研究者が注目するのが、アメリカなどで導入されている勤労税額控除(EITC)である。これは低所得で働く世帯に対し、税制を通じて所得を補填する仕組みである。