《題不詳》1950年代 ©Estate of Shigeru Onishi, courtesy of MEM
(ライター、構成作家:川岸 徹)
数学・写真・絵画を越境する思索と創作で国際的に活躍した戦後日本美術の鬼才、大西茂。日本の美術館では初となる回顧展「大西茂 写真と絵画」が東京ステーションギャラリーで開幕した。
世界で評価高まる大西茂とは?
1950年代の写真界に彗星のごとく登場し、瀧口修造や芳賀徹といった評論家に注目されながらも、彗星のように過ぎ去ってしまった芸術家・大西茂。長い間すっかり忘れ去られていたといえる存在だが、近年その名が再び表舞台に現れた。
2010年代、大西茂の写真展が日本とフランスで開催されたのをきっかけに、大西の名はアンフォルメルの国際的展開に注目する欧米のキュレーター・美術史研究者の目にとまった。ニューヨーク近代美術館(MoMA)に写真作品が収蔵され、2021~2022年にはアムステルダム・FOAM写真美術館で写真展が開催。続いて2022~2023年にはバレンシアのボンバス・ヘンス・アートセンターで写真と絵画による個展が開かれている。
とはいえ、日本での認知度はいまだ低い。東京ステーションギャラリー学芸員で、本展覧会「大西茂 写真と絵画」を担当した若山満大は話す。「知られざる作家を紹介することが多い東京ステーションギャラリーの企画展でも、群を抜いて知られていない作家。他館で行われるグループ展などでもフィーチャーされる機会がほとんどありません。ではなぜ、紹介されてこなかったのか。大西茂は“本質を言い表しにくい芸術家”。数学、写真、絵画を越境する難解さが、距離を置かれた理由のひとつだと考えられます」。
数学の先にあるものを目指す
《セルフポートレート》1950-60年代 ©Estate of Shigeru Onishi, courtesy of MEM
数学、写真、絵画を越境する芸術家。写真と絵画の両分野をまたにかけて活躍するアーティストは珍しくないが、数学者というのはいったいどういうことか。
1928年、岡山県に生まれた大西は旧制第六高等学校を経て、北海道大学理学部数学科に進学。数学の研究に励むも、勉強に対する情熱は長く続かなかった。「大西は幼い頃から数学の分野に非凡な才能を発揮した天才肌の人物。だが、それゆえに勉強にはすぐに飽きてしまった。かわりに興味の対象となったのが、占いや心霊現象。『世界はどのように成り立っているのか?』といったファンダメンタルな問いに思考をめぐらせるようになります。こうした問いは数学の知識だけでは解くことができません。やがて大西の関心は芸術に向かっていきました」(若山満大学芸員)
大西は父親から入学祝いにもらったカメラを使って、写真作品の制作に没頭。大学の一室を暗室として用いて精力的に創作に励んだが、その写真は時代のメインストリームとはかけ離れたものだった。