円安は進んだが、輸出数量は増加していない(写真:AP/アフロ)
  • ドル/円相場の続落を受け、円安局面の終焉を唱える声が強まっている。購買力平価(PPP)を見ても、消費者物価指数(CPI)ベースのPPPは108円と、実勢相場が過剰な円安だとする見方も根強い。
  • もっとも、PPPを反映した水準にまで円高が進むためには、円安による輸出数量の増加と、それに伴う貿易黒字の拡大、そして実需の円買いが不可欠だが、円安による輸出数量の増加という経路は機能していない。
  • 日本のデフレが終わったのであれば、PPPも円安・ドル高方向に修正される可能性がある。「実勢相場が過剰に円安なのではなく、PPPが過剰に円高だった」との視点を無視するべきではない。

(唐鎌 大輔:みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト)

PPPで見ると、足もとは過剰な円安

 ドル/円相場の続落を受けて、円安局面の終焉を囃し立てる声が大きくなりつつある。

 過去のコラムでも言及したことはあると思うが、米連邦準備理事会(FRB)の姿勢に応じて円安局面がピークアウトすること自体は想定の範囲内として、どこまで戻るかは別問題という意識が必要である。

 この「どこまで戻るか」という点について、「山が高かった分、谷も相当深いのではないか」という恐怖感を抱く向きはかなり多いと思われる。その根拠として、購買力平価(PPP)が持ち出されるケースが多く、今後、色々なところで取り上げられることも増えてくるだろう。

 現在の円高傾向を受けて投資家からの問い合わせも増えているため、今一度、円高とPPPの関係性について、筆者なりの考え方を提示しておきたい。

※購買力平価(PPP):為替レートを考える理論の一つで、モノやサービスの値段を基準とした為替レートのこと。リンゴ1つが日本で100円、米国で1ドルであれば、購買力平価は1ドル=100円になる。デフレの場合、購買力が増すので円高に振れやすい。

 現状(2023年9月時点)のPPPと実勢相場の関係を改めて確認しておきたい。

 本稿執筆時点で計算可能なPPPは、消費者物価指数(CPI)ベースで108円、企業物価指数(PPI)ベースで90円だ(輸出物価指数ベースは61円だが、歴史的に参考にされたことはないので以後、割愛する)。

 実勢相場(約148円)はCPIベースPPPと比較して約4割、PPIベースPPPと比較して約7割、過小評価されている状況にある(図表①)。

【図表①】


拡大画像表示

 図を一瞥すれば分かる通り、これほどPPPとドル円相場が乖離したことは歴史的にも類例がない。あえて現在に近い状況を見出すとすれば、1980年代前半のドル高局面が挙げられる。言わずと知れたボルカー元FRB議長の連続利上げの時代であり、これに伴うドル高が1985年のプラザ合意まで持続した。

 PPPとの比較で言うならば、現状のドル高・円安は国際協調を必要とするほどドル高が進んでいた時代に近い(というか超えている)。これをどう捉えるべきかというのが分析者としての問題意識になる。

 もっとも、注意が必要な点もある。

 過去2年について言えば、海外の強烈な物価上昇を背景として「相対的に物価上昇率に劣る日本の円の購買力が高まっている」という計算になるため、PPPが示唆する水準はとりわけ円高へ傾いてしまったという実情もある。

 とすれば、今後、欧米のインフレ率が穏当になってくるに従ってPPPはもっと円安水準に戻ってくることが想定される。

 現在、目の当たりにしている4割や7割といった実勢相場の過小評価は一時的に誇張された数字になっている可能性もある。つまり、実勢相場が過剰な円安なのではなく、PPPが過剰な円高という考え方だ。

 しかし、パンデミック直前(2019年12月時点)まで戻ってPPPを見てもCPIベースで122円、PPIベースで95円であり、結局は2割ないし6割程度、円は過小評価されているという計算になる。

 いずれにせよ、PPP対比で実勢相場が過剰な円安というイメージは大きく変わらない。