CPIの公表前は151.80円台と33年振りの安値更新を臨む展開だったが、CPIの公表を受けて150円台まで急落している(写真:共同通信社)
  • 市場予想を下回った10月の米消費者物価指数(CPI)の伸び。特に価格変動が激しいエネルギーや食品を除いたコアベースは加速するという予想が多かっただけに、市場のリアクションも大きい。
  • だが、CPIの伸びの鈍化が米金利低下、株高、ドル安を引き起こしたのは昨年10月も同様。この時の「CPIショック」では円高は一時的で2022年の円安水準まで戻っている。
  • 日本が貿易赤字国として迎える利下げ局面は過去に例がなく、恒常的な貿易赤字に経済構造が変化している以上、米国が利下げを始めたとしても、大幅な円高にはならないのではないか。

(唐鎌 大輔:みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト)

1年前の「CPIショック」と同じ光景

 注目された10月の米消費者物価指数(CPI)は、前年同月比+3.2%、エネルギー・食品を除くコアベースでも同+4.0%といずれも市場予想の中心を下回った。コアベースに関しては加速するとの予想も多かっただけに、市場のリアクションは非常に大きなものになっている。

 結果を受けて米金利は全期間にわたって低下。FRB(米連邦準備理事会)の利上げ見通しも消滅し、来春以降の利下げ開始を織り込み始めた。公表前のドル/円相場は151.80円台と33年振りの安値更新を臨む展開だったが、一気に150.10円台まで円高が大きく進行している。

 帰属家賃主導で米国のCPIが押し下げられる展開は元より想定されていた動きだが、▲0.1%ポイントとはいえ、市場予想を下回ったことに、市場は大きな意味を見出そうとしている。利上げ停止を確信した為替市場では、「もう円安は終わり」との予想が今後勢いづきそうだ。

 これはまったくもって昨年経験したCPIショックと同じ光景である。簡単に昨年のCPIショックを振り返っておこう。

 昨年11月10日に発表された米国の10月CPIでは、市場予想を下回る弱い結果(市場予想の+7.9%に対し+7.7%)を受け、146円台半ばで取引されていたドル/円相場は1日で141円を割り込むまで円高・ドル安が進んだ。

 制御不能と恐れられた高インフレがついに終わりを迎えるという安堵感が一夜にして広がり、この頃から「2023年は利下げの年」という声が強まった。統計公表前に4.1~4.2%で取引されていた米10年債利回りも、11月10日以降は恒常的に4%を割り込むことになる。

 これが後にCPIショックと名付けられた相場だ。

 つまり、昨年9月から10月にかけて政府・日銀が実施した円買い・ドル売り介入は、図らずもCPIショックの直前に行われたものでもあった。結果的に「成功した為替介入」という実績も手に入れることになったが、それは僥倖に恵まれたという側面もあった。

 昨年のCPIショックと比較すれば今回の動きは穏当なものだが、きっかけとなった材料(米10月CPI)も、その後の市場反応(米金利低下・株高・ドル安)も全く同じである。

 その後、米国のインフレが意外にも粘着的だったこともあり、昨年のCPIショックはゲームチェンジャーになることはなかったが、「今回こそは……」という期待を持つ市場参加者は少なくないと思われる。