今年8月、政府は有識者によって構成された新型コロナウイルス感染症対策分科会と基本的対処方針分科会の廃止を決定。9月1日をもって両分科会の会長を務めた尾身茂氏も退任した。医療従事者専用サイト「m3.com」の調査によると、尾身議長体制下の分科会を、開業医、勤務医ともに、およそ7割が「評価する」と回答している。
この3年間、パンデミックと闘い続けてきた分科会には、どのような知られざる議論や葛藤があったのか。『1100日間の葛藤 新型コロナ・パンデミック、専門家たちの記録』(日経BP)を上梓した尾身茂氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)
──ダイヤモンド・プリンセス号が横浜港に到着した2020年2月3日に、「新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード」のメンバーになってほしいという依頼を厚労省から電話で受けたと書かれています。2020年7月に発足した「新型コロナ対策分科会」には、どれくらいの方々が関わっているのでしょうか。
尾身茂氏(以下、尾身):当初、医療関係者だけで分科会は構成されていましたが、だんだん組織の形態が変わっていきました。感染症対策には社会や経済への影響もある。そこで、リスクコミュニケーション、社会学、経済学、倫理など様々な分野の専門家たちにも少しずつ入ってもらい、人数が増えていきました。
この本の最後のところで、分科会メンバーを一覧表にして紹介していますが、100人以上の方の名前が記載されています。少しでも何らかの形で貢献してくださった方々には敬意を表して、本人の了解のもとに、全員のお名前を掲載させていただきました。
政策提言において、何度もお話をうかがった方や、部分的にごく一部のテーマでお話をうかがった方など、もちろんそこには濃淡があります。
──最低でも週1回、多いときは週3回、専門家たちが手弁当で東大医科研にある武藤香織教授の研究室などに集まり、時には6時間を超える勉強会を行い、情報を整理したり、政府への提言をまとめたりしていたとあります。
尾身:国が開く公式な会議はおよそ2時間ほどでしたが、そのかなりの部分は事務局からの資料の説明です。議論に費やされる時間は、必ずしもそう多くはありません。
我々、専門家に求められることは二つです。状況を分析すること、科学的に合理的で政府にも一般国民にも納得感を持っていただけるような提言を出すことです。ただ、これは口で言うのは簡単ですが、実際には、健康、社会、教育、経済の問題が絡む複雑な方程式を解くような作業です。そのためには非公式の勉強会が必要でした。
絶対的な唯一の回答があるわけではありませんし、集まったメンバーも、ウイルス、疫学、臨床、感染対策全体などそれぞれ専門が異なるので、見ている部分が違う。情報を共有しながら、本音でじっくり議論しました。
どういうデータを集めるか。どのような根拠があるか。どんな資料を使うか。どれくらい長い提言を出すか。どういう言葉で説明するか──。このようなことを決めるのは簡単なことではありませんでした。
毎週、集まったり、Zoomで会議をしたり、テーマがはっきりしている提言の場合は、ある程度、その分野の専門の先生にたたき台を作ってもらいながら、週末も議論を重ねました。こういう期間がずっと続いたのです。
──2020年2月下旬から3月上旬にかけて、感染対策と重症化対策のどちらに重点を置くかで意見が分かれ、メンバーが激しく衝突した。同年5月には、緊急事態宣言解除の条件をめぐる議論で尾身先生が声を張り上げる場面があったと書かれています。