2019年の第68回全日本大学野球選手権大会で優勝した明治大学。胴上げ投手は広島東洋カープで活躍する森下暢仁(写真:アフロ)2019年の第68回全日本大学野球選手権大会で優勝した明治大学。胴上げ投手は広島東洋カープで活躍する森下暢仁(写真:アフロ)

 今、日本のアマチュア野球界で、最も有望選手が集まるチームが明治大学だろう。昨年のドラフト会議では、宗山塁内野手が5球団の競合の末に、楽天からドラフト1位指名を受けた。浅利太門投手も日本ハムから3位指名を受けてプロ入りしている。これで明大からの指名は15年連続と、史上最長記録だ。この15年間での指名は計26選手。そのうち宗山ほか10人が1位指名と、まさに「プロ育成工場」と言っても過言ではない。

 昨年限りで退任した田中武宏前監督は前職のコーチ時代から14年間、このスター軍団の指導にあたり、プロ入りした選手だけでなく、次々に入学してくるドラフト候補たちと関わってきた。「去りゆく名将」第3章は、名門野球部を率いた異能の指揮官をクローズアップする。(矢崎良一:フリージャーナリスト)

◎【去りゆくアマ野球の名将たち】日本製鉄鹿島前監督・中島彰一(前編)
◎【去りゆくアマ野球の名将たち】日本製鉄鹿島前監督・中島彰一(後編)
◎【去りゆくアマ野球の名将たち】春日部共栄高校監督・本多利治(前編)
◎【去りゆくアマ野球の名将たち】春日部共栄高校監督・本多利治(後編)

 意外にも思えるが、2020年の監督就任時から、田中は周囲からのそうした「プロ育成工場」という見方をむしろ否定するようなチーム作りを推進してきた。試合後のインタビューではドラフト候補選手の寸評的な話はほとんどしないし、選手の進路についても「個人的には社会人野球に進んでほしい」と明言している。

 もちろん宗山や、その前年の上田希由翔(現ロッテ)クラスの選手であれば、「よし。プロで勝負してみろ」と言って送り出せるが、「指名されるかな?」くらいの選手に対しては、「もうちょっと考えてみたらどうだ」と再考を促すこともある。

「NPBは華やかな世界ですからね。学生がそこを目指すのは理解できる。ただ、彼らが進路を決めるにあたってのアドバイスとして常に言っていたのは、『そんなに甘い世界じゃないぞ』ということです」

「成功しているのはほんのひと握り。毎年、年末になったら『戦力外通告』って報道されていますけど、年齢は関係ないですからね。まだ二十代前半でそうなるかもしれない。そうなった時に、どうするんだ?と」

「引退してからも球団に残れる人なんてほんのわずかだし、だったら野球が終わってもクビを切られない企業に就職したほうがいいんじゃないか、と思うんですよ」

 こうした価値観は、自身のこれまでのキャリアに裏づけられている。

「私は日産自動車という企業の出身で、そのお陰で今までこうしてやってこられました」と田中は言う。プロを目指すような選手たちには、いろいろな企業の野球部からも誘いの声が掛かっている。不況で厳しい時代ではあるが、社会人野球でチームを持っているのは日本を代表するような企業がほとんどで、一般の学生が希望してもなかなか入れるものではない。

「今は生涯一社という時代じゃないし、スキルアップで転職したり独立起業したりしていく社会ですけど、親の世代の人間として、『これだけの企業からお話をいただいているんだから』ということは伝えていました」

 プロでもアマチュアでも、野球選手としてのキャリアが終われば、企業ないし組織に入って仕事に就く者がほとんどだ。周りには仕事のできる者ばかり。初めは苦労するかもしれない。それでも社会人として落ちこぼれることがないように、最低限のことは教えてから送り出そうと思っていた。