不安を感じやすい人はバイアスを切り替える柔軟性の欠如に問題があるという(写真:アフロ)

 世の中には、打たれ強い人と傷つきやすい人がいる。同じ過ちを繰り返す人やなかなか前に進めない人もいれば、次々最適解を見つけて成果を出していける人もいる。こうした違いの根底には「メンタルの機敏さ」があると専門家は語る。そして、このような機敏さは訓練によって鍛えることができる。

 私たちはいかにして、力強く心地よく生きるために「フレキシブルな脳」を獲得できるのか。『SWITCHCRAFT(スイッチクラフト)切り替える力 すばやく変化に気づき、最適に対応するための人生戦略』(NHK出版)を上梓した認知心理学者・神経科学者のエレーヌ・フォックス氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)

──この本のタイトル「スイッチクラフト」という言葉の意味について教えてください。

エレーヌ・フォックス氏(以下、フォックス):自分ではゴルフはやりませんが、私はゴルフコースの隣で育ちました。様々なゴルフクラブの入った重たいバッグを背負う人たちがコースを回るのを眺めながら育ちました。

 プレーヤーたちは、コースを攻略していくために様々なクラブを使い分けます。ロングショット用のクラブや短いショット用のクラブ、砂地や草むらから抜け出すためのクラブなど、状況に応じてクラブを使い分けるのは合理的で、あるクラブはある状況には有用ですが、別の状況では機能しません。

 これは人生と似ています。困難に立ち向かうためには様々な戦略や技術が必要です。「スイッチクラフト」はまさにそういうことです。つまり「いつ切り替えるか」と「いかに切り替えるか」の戦略であり、技術なのです。この本では、その根底にある「メンタルの機敏さ」について書きました。

──「不安感が強い人にとっての最大の問題は脅威を過剰に検知することではなく、むしろ、いったん検知した脅威を意識しないようにするのが不得手なことだ」と書かれています。

フォックス:私は長年にわたり不安障害の人を研究してきました。私のバックグラウンドは認知心理学です。この分野の研究では、周囲の情報を人がいかに受け取るか、情報をいかに私たちが頭の中で処理しているかを研究します。

 研究の中で私は「注意のシステム」に着目しました。新聞や雑誌を見る時に、何があなたの関心を引くでしょうか。話の筋や部分的な色、悪い話に目が行く人もいるし、良い話に目が行く人もいる。そのように何に注目するかを調べることができます。

 同時に、提示された情報をどのように解釈しているかということも調べることができます。

 我々は会話の中で、相手の発言に関してしばしば間違った受け取り方をします。とくに不安障害を持つ人は、曖昧な情報を悪く取りがちです。

「あなたがそう言うのは興味深い」と誰かが言った場合、「どういう意味か」と不安障害の人は疑問に思い、良い意味で褒めているのか、批判的な意味で皮肉を言っているのか、それともただ素朴に「興味深い意見だ」と言っているのかと悩んでしまう。

 そして、私たちは悪い記憶や良い記憶をより強く記憶します。こういったバイアスは、鬱や不安障害と強く関係しています。うつ病や不安障害の人は、より悪い記憶を選び、より悪い言葉に反応する。感知する機能にそのようなバイアスがあるのです。得た情報を悪く解釈するという傾向もあります。