アートをベースとした地域コミュニティーの広がり

 行政主導から住民主体へと主体を変えながら、藤野では今もアートをベースとした町づくり、町おこしが続いている。

 今年10月下旬、相模原市主催のプレスツアーが行われた。藤野在住作家のアート作品が飾られ、さまざまなライブやイベントが開催されるカフェレストラン「Shu」では、同地在住の芸術家3人によるトークセッションが繰り広げられた。

 グラフィックデザイナー・佐藤純氏、クラフト作家・さとうますよ氏、木工作家・藤崎均氏が、これまでの地域での歩みや住民と芸術との触れ合い、町づくりなどについて、それぞれの思いを語ってくれた。

藤野在住アーティストによるトークセッション(左から佐藤純氏、さとうますよ氏、藤崎均氏/筆者撮影)

 藤野に居を構えて35年という佐藤氏は「アーチストの個性が集まり、そこに地元の人たちが主体的に加わっていく中で、毎週のようにどこかでイベントが行われている町になりました」とこれまでを振り返った。

 藤野生まれで華道の先生をしながら地域の芸術家と交流するうちに、地元の素材で作品作りを始めてクラフト作家になったさとう氏は、住民主体の町づくりが進む中で「横のつながり、助け合いが盛ん。人との関わりの中に大切な情報がいっぱいある」と地域の暮らしを語った。

 イタリアで家具制作を7年間行い、帰国後に藤野に移り住んだ藤崎氏は「受け入れ態勢がしっかりしていて、すんなりと溶け込むことができました。今でも20代や30代の若い芸術家がどんどんやってきて、居ついてしまう人も多い。ある若い陶芸家を中心にした新たな薪窯コミュニティーができつつあります」と、さらなる進化を報告していた。

カフェレストランShuに展示された過去のイベントポスターとアート作品(筆者撮影)

 こうして今では人口7900人の地域に約300人の芸術家が居を構え、毎週、町のどこかでイベントが開催され、住民がイベントや地域活動に参加している。日常の食卓に作家がつくった食器が並ぶ光景も珍しくない。アートが日常に溶け込んでいる。

 そんなアートが根付いた町を訪れる観光客、芸術家の卵たち、シュタイナー学園のオープンスクールなどに通う子どもたち……。さまざまな人々が山あいの芸術の町に足を運んでいる。

 こうした環境で育った地域の子どもたちも、やがては町を離れていく。その一方で、新たな移住者が町に入り込み、新たな子どもが誕生。町を離れた子どもたちもイベントの際に帰省したり、何らかの形で藤野のアートと関わりを持ち続けているという。

 芸術家のひとりはこう言った。

「藤野は僕らのユートピアだね」

 この一言がすべてを物語っている。


【参考文献】
『中山間地域における芸術のまちづくりが移住者の移住動機に与える影響について』(道祖英一、瀬田史彦)
『FUJINO ART MESSAGE 藤野ふるさと芸術村メッセージ事業35周年記念誌』(相模原市藤野ふるさと芸術村メッセージ事業推進委員会)