“らしさ”を尊重した環境整備
日本で「風土」という言葉を広めたのは、和辻哲郎という哲学者である。和辻の書いた『風土』は、昭和初期の本なのに今読んでも面白く読める。
この本のなかで和辻は、気候が人間の文化や民族の性格に大きな影響を与えていることを印象的な例を用いて記している。乱暴に言えば、「その場所らしさ」を決めている大きな要因は気候条件だということになる。
そもそも和辻が風土に着目したきっかけは、ヨーロッパ留学のあいだに「日本との違い」を意識したことにあると言われている。
さまざまな点でヨーロッパと日本は違うのだが、その根底には「湿気」があると和辻は考えた。
時折、「日本らしい風景」に出会うことがあるのだが、注意して見ると、そのような風景には「苔」が見られることから、日本らしい風景の根幹には「湿気」がある、と和辻は考えたのだった(和辻1991)。
20世紀の後半に、この議論はフランスの地理学者オギュスタン・ベルクによって引き継がれることになる。
ベルクは、「その場所らしさ」を決める要因は気候条件であるという和辻の洞察を批判的に検討し、自然からの影響だけでなく人間の営みの影響をも重視して、現代の環境問題にも応答しうる議論を展開した。
簡単にいえば、その地域の自然条件とそこで暮らす人間の活動との相互作用によって「風土」(その場所らしさ)が形成されるということだ。そしてベルクは、環境整備の際に風土の特徴を生かすことを求め、それを「環境整備の規範」として提示した。
ベルクによれば、
A)風土の客観的な歴史生態学的傾向、B)風土に対してそこに根を下ろす社会が抱いている感情、C)その同じ社会が風土に付与する意味、を無視するような環境整備は拒否するべきである(ベルク1994:167)。
B)とC)は、地域住民が環境に対してもっている感情や意味づけを尊重するべきだ、ということだが、A)風土の客観的な歴史生態学的傾向という部分は注意が必要である。
このベルクの考えでは、地域住民が地元の風土の特徴をよく知っていることが前提とされているように見える。
この点に関して、日本の環境倫理学者の桑子敏雄氏と亀山純生氏から、現在は風土の希薄化が進んでおり、住民が地域の歴史や自然の特徴を把握しているとは限らないので、地域の歴史や自然の特徴を明らかにする専門家の役割が重要であるという指摘がなされている。
神宮外苑再開発問題をめぐっては、石川幹子氏や藤井英二郎氏が専門家の役割を十分に果たしているといえよう。