「乗って残す」ことは難しいが、客のもてなしは可能

──国鉄が最末期に、全国のローカル線を整理しました。

鳥塚氏:線路を撤去してバスに転換された路線、第三セクター鉄道に転換された路線、JRのまま残された路線という具合に、3つのパターンがありました。

 それぞれのパターンがいまどうなっているのかというと、バスに転換されたところの多くは、その地域の地名までもが消え去ってしまった場所があります。これは市町村合併などの方策によるものです。

 第三セクター鉄道になったところは、駅を整備したり、沿線に花を植えたりして、地元の人が鉄道を残し続けようと、必死になって頑張っている。

 JRとして残されたところは、JRそのものが退潮傾向にあって、ローカル線も勢いがなくなっている。

 結果的には、第三セクター鉄道として残された路線が、いちばん良い環境が残されているのですね。地元の人が懸命な努力を続けた結果によるものです。今度は鉄道会社が地元に恩返しをする番だと、私はそう考えています。

──全国のローカル線で「乗って残そう」という運動が展開されていましたが、この運動は、結局はどこも息切れしてしまいました。

鳥塚氏:運動で乗って鉄道を残すことは、とても難しい。けれども、その鉄道にお客様が来た時に、そのお客様をもてなすことはできるはずです。そうやってお客様を増やし続けて、結果として、地域の足が守られる。