「家内が南竿島で教師をすると言うので、私も戻ってきて警察官をしています。でも収入はそれだけではなくて、かつて通っていた台湾本島の大学の近くに不動産を買って運用しています。中国にも不動産をいくつか持っていて家賃収入があるんですが、大きいのは、中国の物件は数年経てば価値が数倍になっていることですね。売却すれば、余裕で老後の資金になります。

 キャッシュに余裕があれば、いつでもどこかに不動産を購入することを考えていて、台北も中国もチェックしています。日本に1、2軒購入することも考えたけど、日本は不動産の伸び代が少ないでしょう。ですから、よっぽど条件のいい物件でないと手を出さないかな」

牡蛎入りのかき揚げを売る介寿市場の屋台。一個30元(約120円)で、とても美味 ©広橋賢蔵

 興味深かったのは、警察官という職業柄なのか、彼は市場を行きかう人々のことをよく知っているようで、あれこれ解説してくれた。「ありゃ、ロブスターの密輸をやっているオジサンだよ」「あっちのオジサンは、福建省から若い娘を連れてきて短期の風俗バイトをさせるクラブの経営者」「あのオバサンは朝から夜まで食堂の仕事をして、それで貯めた金で福州にたくさん不動産を持っている」といった具合だ。

 まるで隣人のことのように話すので、ひょっとしたらこの島の住民はみんながみんな、互いの個人情報を共有しているのではないかと思ったほどだ。だが、それは一種の生きる知恵でもあるようだ。

 あの人は○○でこれだけ儲けた、という話を聞けば、便乗して同じ儲け話に投資する。そうして島民全体の資産が膨らんでいく。倍々ゲームのように成長する中国経済が、ダイレクトに島民の生活水準の向上に反映しているのだと感じた。宿主の陳さんもこう語る。

「私たち馬祖出身者は今まで、最前線の島で自分の生活を守るために国防関係者と上手く交渉して収入を確保してきた。両岸の交流が始まってからは、主に福州を中心に不動産投資をして、いくつかは数倍の価値になっています。私の一族がどのくらい成功したかは、ABCでランク付けすればB程度でしょうが、馬祖島民はほぼ誰もが台湾や中国に資産を持っている。最近の国税局の調査で、馬祖出身者の資産が台湾全体でも指折りの高さだったということでも分かるように、我々はこの20年でずいぶん裕福になったんです」

人民解放軍が攻めてきたら……

 軍人の姿が目立つ馬祖で、島民たちは中国との戦争の可能性についてどう考えているのだろうか。陳さんは、

「中国と台湾が戦争状態になるんじゃないかと、多くの日本人が気をもんでいるって? ならないんじゃないかな、この馬祖島に限っては。仮にそんな危険な状態になったとしても、我々には台湾にも財産があるから避難することができるし、中国に持っている不動産が没収されることもないと思う。私たちは中国にも台湾にもバランスよく資産を持って運用しているので、この島に何が起こっても、うまく渡り合っていきます。これまでも同じようにして過ごしてきたのですから」と気にもかけないようだった。

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