伊藤と山県、安倍元首相と菅前首相
畳みかけるようにTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)、特定秘密保護法、安保法制、改正組織犯罪処罰法に触れる。「難しかった法案を、すべて成立させることができました」と総括する。党内や世論が二分した“案件”を次々に挙げた。安倍元首相と菅氏だけがみていた景色なのだろう。
すでに多くのメディアが取り上げているが、圧巻だったのは岡義武著『山県有朋』のくだりである。
「衆院第1議員会館、1212号室の、あなたの机には、読みかけの本が一冊、ありました」
菅氏だけが知っている事実だった。新たな事実は、人の興味をひく。定型的な表現に終始した岸田首相のオーソドックスな弔辞には、このようなオリジナル要素は入っていなかった。
菅氏は、山県が伊藤博文を偲んで詠んだ歌を読み上げた。山県も伊藤も、ともに幕末の動乱をくぐり抜け、明治維新の立役者となった指導者である。この2人の関係が、安倍元首相と菅氏との関係にも当てはまるところがあった。年下ながら先に首相になり、先に亡くなったのが伊藤だからだ。しかも、伊藤もハルビンで凶弾に倒れている。安倍氏は伊藤、菅氏は山県に重なる。
菅氏は街頭演説やあいさつで、古典や格言を好んで引用しない。その菅氏がおそらく、初めて公の場で歌を読み上げた。
「かたりあひて 尽しヽ人は 先立ちぬ 今より後の 世をいかにせむ」
寂しさと悲しみが頂点に達した状態で弔辞を結び、会場から拍手が沸き起こった。