「シン・ウルトラマン」のウルトラマン 撮影/乃至政彦

(歴史家:乃至政彦)

※今回の記事は「シン・ウルトラマン」のネタバレが前提です。映画をご覧になっていない方は読み進めるのをご遠慮ください。

ウルトラマンの初代とシン

 昭和時代のテレビ番組である初代「ウルトラマン」(1966〜67。以後「初代」または「初代マン」と略す)と令和の新作映画「シン・ウルトラマン」(2022。以後「シン」と略す)には、多くの相違点と共通点が入り混じっている。シンを見ていて面白いと思ったシーンのひとつは、初代マンが苦戦した強敵と決戦する時、初代マンが強敵の放つ火球を回避していたのに対し、シンの方はちっとも避けようとしなかったところだ。それどころか全弾を自身の肉体で受け止めようとすらしている。

 初代の背後には無人のビルが一棟あるだけだったが、シンの場合は背後に無数の人間がいて、これを守る必要があった。これが回避の有無をわけたのだろう。だからシンは満身創痍になろうとも、構うことなく我が身で受け止めようとした。

 ここで少し話は変わる。

 歴史史料の話で「一次史料」と「二次史料」なる用語を見かけることがあると思う。多くの方は、その意味をなんとなく理解しておられることと思う。簡単に説明すると、一次史料は同時代の文献で、二次史料はそれより後に作られた別時代の文献のことである。

 研究界では、二次史料を避けて一次史料だけで研究するべきだと言う学者もいる。主張はわからなくもないが、そういう研究だけを主流として、二次史料を読み込む研究者を異端視するのは、好ましいことだと思えない。

 これがどういうことか、ウルトラマンで説明することにしよう。