アスリートが戦うのは国内ばかりではない。むしろ、海外こそが主戦場となる。

 グローバルとはもはや「当たり前」になり、スポーツマネジメントにおいても、そこに目を向けてこそ活路が開けるはずだ。

 長くスポーツマネジメントを行う澤井氏の連載、今回は「スター選手の来日秘話」

ムーキー・ベッツの来日プロジェクト

 日本のアスリートが主戦場を海外へ移す中、スポーツマネジメントに携わる人たちの目も「海の向こう」へ意識を向ける必要が出てきた。

 我々の会社を例にとっても、メジャーリーグ、カブスの鈴木誠也選手や、アメリカ・ツアーを転戦するプロゴルファーの畑岡奈紗選手など、拠点が国外となるアスリートが増えてきた。

 それは現役アスリートだけではない。元メジャーリーガーの上原浩治さん、岩隈久志さんは米国の自宅と日本を往復しながら活動する。

 我々もアメリカに新たに事務所を構え、現地企業とも連携を強化している。

 これはとても難しい挑戦ではあるけど、アスリートをマネジメントしていくうえで間違いなく必要なことだ。

 そんな中、年明けにあるプロジェクトを受託した。 

 ドジャースで大谷翔平選手の同僚として日本でも有名になったムーキー・ベッツ選手の来日に合わせ、その身辺をサポートする仕事を米国のベッツ選手をマネジメントする会社から受けたのだ。

 飛行機や宿泊、移動車両の手配などに加え、日本国内でのメディア出演、国内でのイベント参加へのキャスティングなどの営業を含めた、とても重要な役割である。

 実はこの仕事を「持ってきた」のは弊社初の新入社員だった。

 昨春、入社希望の若者から「入社したい」という連絡をもらった。彼は、カナダの大学に留学していて、スポーツ経営学などを学び、英語も堪能だ、という。弊社にとっては初の新卒採用社員として働いてもらうことにした。

 最初に取り組んだのは「泥臭い」営業だった。華やかにみえるスポーツマネジメントの世界も、実のところは愚直な営業によって仕事を請け負っている。

 まずは日本国内のオフィスに出社してもらい、メールや電話で、営業や挨拶を兼ねて会ってもらうアポイントを取るようにしてもらった。

「1日10件の電話とメール」を課したが、単にノルマをこなすというよりは、ビジネスの現場の難しさを肌で感じてもらうことが目的だった。

 最初は苦労していた。営業経験のない人には想像がつかないかもしれないが、企業の担当者に時間を作ってもらうということは、とても大変な作業なのである。

 自らの企業の業務内容や実績、取引することでのメリットなどに魅力を感じてもらえなければ、相手にとって無駄な時間になってしまう。

 彼も悪戦苦闘の日々を過ごしていたが、粘り強く取り組んだ結果、このプロジェクトを獲得した。

世界を見るべきなのはアスリートだけではない

 その仕事は、実際にとても有意義なものだった。

 長くアスリートを支えた経験から得た弊社の強みのひとつが、一流選手へのホスピタリティー。

 旅行代理店に勤務経験のある社員は来日の旅程を管理し、営業担当の社員がMLBジャパンのイベントやメディアへの出演交渉に取りかかった。社員数の多くない弊社においては、私も自ら現場へ出かけた。

 加えてベッツ選手からのオーダーにも応えた。メジャーリーガーの意識の高さを実感したこのオーダーとは「来日中も練習場所を確保してほしい」というもの。

 こちらもすぐに都内のグラウンドを確保することができた。メジャー移籍後に日本国内で調整できる場所にアンテナを張っていた強みが生きた形だ。

 滞りなく業務が終わり、ベッツ選手らは無事に帰国の途につくことができた。

 ベッツ選手らは来日中にラーメンや焼き肉などの日本食を堪能していたそうだが、今回の業務に携わった社員2人も席をともにする機会に恵まれ、新入社員にとっては、今後のマネジメント人生に大きな影響をもたらすほどの「成功体験」を手にできただろう。

 アスリートが世界を目指している時代、スポーツマネジメントを行う会社もまた「世界」に目を向けなければいけないと実感している。いや、サポートをする立場であるのだから、アスリート以上の対応力を養う必要がある。

 もちろんそれは簡単ではない。努力が必ずしも報われるわけではないのも、マネジメントの世界の厳しさである。

 しかし、愚直な姿勢が実を結ぶこともある。そんなことを実感した今回のプロジェクトだった。