横山 建物の容積率を積むことは、一方で空の容積率を削るということになります。ウェルビーイングな環境を作るためには広い空間が必要と考えました。また、GREEN SPRINGSが、立川駅を中心に開発された商業地と、自然環境がある昭和記念公園を結節点となる立地にあることも重視しました。都市環境と自然環境の「縁側」ということですね。

藤田 なるほど。ここには、屋上のインフィニティプールで有名な「ソラノホテル」や、「立川ステージガーデン」などの音楽ホールもありますよね。エリア全体の価値を上げていくためのコンテンツとして、どのように計画したのでしょうか?

横山 実はホテルは一から事業化したんです。既存のラグジュアリーホテルの誘致も考えましたが、本当にこのエリアが必要としているものかと考えたときに、疑問がわきました。有名ホテルが入れば、たしかにわかりやすいですが、それだけで“従来の商業施設と一線を画すもの”になるわけではありません。目玉はルーフトップにあるインフィニティプール。このために新たに掘削した温泉水と、緑豊かな昭和記念公園を一望する圧倒的な景観が楽しめます。

 音楽ホールである「立川ステージガーデン」は、地区計画上必要だった文化施設の枠組みから生まれました。欧米の都市開発の歴史をみると、素晴らしいといわれる都市の多くに音楽の存在があります。ウィーンやミネアポリスなんかはその良い例でしょう。音楽のある街が人の心を豊かにするというのは、歴史が実証しているともいえます。民間で音楽ホールが投資物件として成立することは難しいですが、都市格の向上のためには、文化施設の充実は不可欠でした。

藤田 ランドオーナである立飛だからこそできた選択ですね。

横山 「リビングルーム」と呼ばれるゲストのための共有部も同じです。テナントのように賃料が回収できるわけではありませんが、心地よい空間のためには、ゲストが思い思いに過ごせ、交流できるような場も必要です。あとは、テナント企業にもこだわりましたね。テーマに沿っていて、従来ここに存在しなかったものでないとエリアの価値を高めることはできないと判断したんです。

必要なのは何か?追求の果てに行き着いた本当の豊かさという視点

藤田 人にとって本質的な豊かさを追求するというGREEN SPRINGSの視点は、まさにウェルビーイングに通じますね。

横山 プロジェクトの当初からコンセプトワークを繰り返し、最終的にウェルビーイングという言葉に落ちつきました。当初は馴染みのない言葉で、しっくりこなかったのも事実です。

藤田 日本の現状におけるウェルビーイングとは、案外ぼんやりしているのだと感じています。それは消費者だけでなく事業側にもいえることで、この国がまさに価値の転換期にあるからなのだと。

 たとえば以前は終身雇用で、自分のキャリアは会社が導いてくれた。でも現在は50歳も過ぎれば、肩を叩かれる時代。会社から放り出された先の人生をどう生きるか、自ら考える時代になったと思うんです。一方、2000年代前後に生まれたZ世代は1つの会社に頼らず、副業やフリーランスとしていくつもの顔を持つようになりました。

 しかし、両者にも共通点はあります。どちらにも明確な生き方の指針がないということ。もちろん、国に新たな生き方を後押しするような軸があるわけでもない。そこで出てきたのが自分らしい心地よい生き方としてのウェルビーイングという概念なのだと思うんです。健全な心身はもちろん、社会的にも充実し幸福度の高いあり様を示すウェルビーイングは、まさに時代が必要としている価値観ではないでしょうか。

横山 たしかに時代のターニングポイントですよね。こういった現象は、ある程度経済的に豊かになった次なる段階で起こるんだと思います。働いて賃金を稼ぐ以外にも、どうあれば自らが幸せでいられるのか考える時なんだと。