東京都立川市の開発街区「GREEN SPRINGS(グリーンスプリングス)」

「ウェルビーイング」(身体的・精神的・社会的に良好な状態にあること)というキーワードが生み出す大きな潮流は、日本人のライフスタイルをどのように変えるのか? また、どんな新しい産業や市場を生み出すのか? 消費者目線で社会トレンドをウォッチし続けてきた統合型マーケティング企業「インテグレート」CEOの藤田康人氏が考察する本連載。ウェルビーイングに取り組む実践者たちとの対談を通じて新しいビジネスの形を探っていくシリーズの2回目は、東京都立川市の開発街区「GREEN SPRINGS(グリーンスプリングス)」を手掛ける立飛(たちひ)ストラテジーラボにフォーカスする。GREEN SPRINGSのキャッチフレーズは「空と大地と人がつながる“ウェルビーイングタウン”」。前編では、GREEN SPRINGSのコアコンセプトとなる「ウェルビーイングをテーマとした都市の開発」について、執行役員の横山友之氏に話を聞いた。(JBpress)

立川の次の100年を築くために地元企業ができること

藤田康人氏(以下、敬称略) 立川駅周辺の広大な敷地を立飛ホールディングスは戦前からお持ちと聞きました。都心からもアクセスが良く、豊かな自然が息づく多摩の山野とも隣接するこの地を、立飛の手でどう料理してきたのか? 2020年にオープンした開発街区「GREEN SPRINGS」に至った経緯を教えてください。

横山友之氏(以下、敬称略) 立飛の創立は1924年で、第2次世界大戦が終わるまで日本の航空産業を支えてきました。立川市全体の約1/25の敷地を有し、多い時で4万人以上を雇用していました。わが国の人口が7000万人程度の時代のことですから、現在の大手自動車メーカーのようなイメージに近いかもしれません。

 終戦後はGHQが立川に駐屯し、1977年に全面返還。その際には、接収されていた土地と建物などが原資産に近い形で戻ってきました。しばらくは、もともとの建物を物流倉庫として賃貸する時代が続いていきます。倉庫として流用したビジネスは減価償却済みの資産で、かつ返済すべき借入もなかったので、ある意味では効率的に収益を稼得できるビジネスでした。

 しかし、ほとんどが昭和初期に建てられた建物であるため、老朽化という物理的な限界が生じてきました。また、高度経済成長期も相まって立川の街が商業の街として発展してきた一方で、立飛の敷地内には倉庫が立ち並ぶ状態で、機能的な限界も感じるようになりました。