産屋敷一族の始祖

 鬼殺隊に追い詰められた鬼舞辻無惨は、「私の心臓は母親の腹の中で何度も止まり/生まれた時には死産だと言われ/脈もなく呼吸もしていなかった」(第201話)と回顧する。

 このページには、産湯に浸かった赤子の姿が見える。無惨である。その母親は「座産」のポーズを取っている(現代の「寝産」ではない)。そしてその手には、天井から吊るされた紐が握られている。本来、出産を終えて脱力した母親はすぐに仰臥するはずだが、まだ紐に縋り付いているのだ。すでに無惨は臍の緒を切り、産湯に入っているのだから、母親には紐を摑み続ける理由がない。この時代の妊娠は文字通り命懸けなので、早く休養させるべきである。

 察するに母親は、まだ出産が完了していなかったのだろう。母親は2人目を出産しようとしているのである。その子が産屋敷の始祖であると考えれば、作中であまり説明のない両者の関係も謎が解けていく。

 無惨と同時期に母体にいた弟(産屋敷一族の始祖)が、健康体だったとは想像しにくい。なんとか生き延びた無惨がその後、重病に悩まされたように、双子の弟も大変な難病に苦しまされたのではないか。

産屋敷一族の正体

 産屋敷一族には人間らしからぬ特殊能力がある。短命であり、30歳を前にして亡くなる。無惨もまた20歳前に亡くなると言われていたが、「善良な医者」が手を尽くして延命させた(第127話)。その後、特殊な異能の力を得ている。

 もし無惨兄弟が2人が同じ難病に苦しんでいたとすれば、2人の主治医として「善良な医者」が投薬を繰り返したであろう。どんな薬物を使っていたのか不明だが、「1年で2日とか3日とか? 昼間だけ咲く」という希少な「青い彼岸花」(第205話)を調合して薬品化するほどだから、現代医学で知られる以上の製薬知識があって、尋常では考えられないものを扱っていたのだろう。

 そうして兄も弟も投薬が進み、兄の無惨は、日光には耐えられないものの、不死身の肉体を備えることになった。翻って弟は、日光には耐えられるが、それでも病弱で長生きできそうになかった。もちろん「善良な医者」はそれでも諦めず、どちらもその心身を完全に健全化させるつもりで動いていただろう

 しかしここで悲劇が起こる。「病状が悪化していくことに腹を立てた無惨が」この「善良な医者」を殺害してしまったのだ。その後無惨は医者の処方した薬が効いていたことを知ったが、覆水盆に返らず──あとの祭りである。

 ここに無惨は陽光に出られない闇夜の鬼とならざるを得なくなり、日差しの暖かみを覚えた短命な弟は、死を前に妻を娶る。

 産屋敷耀哉が無惨に「君のような怪物を出してしまったせいで」と述べたのは、“無惨よ、お前のような悪逆な人間が医者を殺害してしまったせいで、あの医者の治療法がロストテクノロジーと化したのだ”と婉曲に伝えたのである。

 無惨はこのレトリックを理解せず、そのまま言葉通りに受け取って、耀哉が本当に呪いを信じる愚か者だと侮ったのだ。