(写真:Claude Laprise / iStock / Getty Images Plus)
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中世ヨーロッパ風の架空世界の経済活動に光を当て、狼の化身ホロと青年行商人ロレンスの旅を描いたライトノベル作品『狼と香辛料』シリーズ(著:支倉凍砂)。その奥深い世界観を、西洋史を専門とする研究者が読み解く!

WEBメディア「シンクロナス」の人気連載「〝中世ヨーロッパ風〟ファンタジー世界を歴史学者と旅してみたら」は、ゲーム・漫画・アニメ等のフィクション作品を取り上げて、歴史の専門家の目線から見どころを解説するシリーズ。第2弾となる『狼と香辛料』編から一部をお届けする。

(文・仲田公輔)

はじめは勉強のモチベーションとして……

 2005年に電撃小説大賞銀賞を受賞した支倉凍砂『狼と香辛料』が今年2024年、再びアニメ化されて話題を呼んでいる。

 私はこの作品には思い入れがある。私が持っている『狼と香辛料 I』は2008年刊行の第21版である。この頃はちょうど、私が大学3年次に専攻を西洋史に決め、西洋中世史の演習(ゼミ)に出始めた時期と一致する。西洋中世を題材にした作品などを読めば勉学のモチベーションが上がるのではないかと思って手に取ったのがこの作品だった。

 ラノベだし軽く読めるだろうと思って『狼と香辛料』ページをめくり始めのだが、ストーリー、特に各巻終盤の手に汗握る展開に夢中になり、結局最終巻まで追いかけることになった。

 私がここまで引き込まれた理由の一つが、随所に散りばめられた西洋中世をモチーフにした要素が没入感を高めてくれたからだ

シンクロナスにて好評連載中「〝中世ヨーロッパ風〟ファンタジー世界を歴史学者と旅してみたら【『狼と香辛料』編】」

西洋中世をモチーフに作り込まれた舞台

 それもそのはず、『狼と香辛料』は西洋中世をモチーフにした架空の世界を舞台に展開する物語だが、その舞台の作り込みに並々ならぬ労力が注がれている。

 『狼と香辛料』は確かに「中世風ファンタジー」ではあるが、その表現はやや語弊がある。多くの中世風ファンタジーは、RPGなどによく用いられる魔法や異種族が登場する、テンプレート的世界観を舞台としている。そこは緩やかに「昔のヨーロッパ」風の世界観が描かれるが、実際の昔のヨーロッパがどうだったかはあまり重視されていない。

 対して『狼と香辛料』は、研究文献レベルを参考にして、中世ヨーロッパが「実際にどうであったか」を強く意識して描かれた作品である。

 物語のあらすじは、行商人クラフト・ロレンスが、普段は耳と尻尾以外は人間の女性の姿をしているが、その正体は数百年を生きる賢狼であるホロと出会い、各地で商売を繰り広げながら北にあるという彼女の故郷を目指し、その過程で絆を深めていくというものである。

 賢狼ホロをはじめとして、人の姿を取ることができる人知を超えた動物たちがいることを除いては、架空の世界という体裁を取りつつも、政治、経済、社会、文化の多くの側面が西洋中世の実態に寄せて描かれている。行商人である主人公は、剣や魔法ではなく、知恵と弁舌と人間関係を武器に旅を進めていく。

 中世モノを銘打ちつつも、いわゆる中世風ファンタジーの王道とは舞台も筋書きも異なるところが興味深い。