(写真:Chinnapong / iStock / Getty Images Plus)

中世風ファンタジー作品の見どころを歴史の専門家の目線から解説する、WEBメディア「シンクロナス」の人気連載「〝中世ヨーロッパ風〟ファンタジー世界を歴史学者と旅してみたら」。執筆者の仲田公輔氏(岡山大学文学部/大学院社会文化科学学域准教授)に、創作と歴史学の関係、歴史学が果たす役割等について、3回にわたり伺った。

仲田 公輔
岡山大学 文学部/大学院社会文化科学学域 准教授。セント・アンドルーズ大学 歴史学部博士課程修了。PhD (History). 専門は、ビザンツ帝国史、とくにビザンツ帝国とコーカサスの関係史。1987年、静岡県川根町(現島田市)生まれ。 >>著者詳細

【葬送のフリーレン編】連載の詳細はこちら
〝中世ヨーロッパ風〟ファンタジー世界を歴史学者と旅してみたら【『葬送のフリーレン』編】

西洋中世の文献に裏打ちされた独自の世界観

――連載で『葬送のフリーレン』の次に扱う『狼と香辛料』ですが、特別な思い入れがある作品と伺いました。

仲田:私が『狼と香辛料』に出会ったのは、アニメを放送していた2008年頃です。

 当時の私はといえば、西洋史を専攻することを決め、西洋中世の専門家のゼミに入ったものの、モチベーションが上がらない日々を過ごしていました。というのも、ゼミでは毎週、西洋中世に関わる書籍を読んで、情報を整理したうえで議論を行なっていくのですが、私は興味がある分野についてはとことんのめり込むことができる一方、あれもこれもと幅広く扱うのが苦手で、自分の興味のない分野の書籍を読むのを苦痛に感じてしまっていたのです。

 とはいえ、自分で選んだ研究者の道ですから、「このままではいけない」と思って、西洋中世風の創作に触れることで、研究へのモチベーションを高めたいという、ある意味で不純な理由から作品を手に取りました。

――実際に読んでみて、どういうふうに感じられましたか?

仲田:文字にするとなかなか伝わらないかもしれませんが、とても感銘を受けました。作品だけでなく、作者の方のブログも読んだところ、当時の私のような駆け出しの研究者よりもよほど西洋中世史を勉強したうえで、創作されていると感じました。

 たとえば、創作の本筋に関係しないことであっても、幅広い知識があることで、舞台設定等においてさまざまなアプローチが可能であることを学びましたし、おかげさまで、幅広く学ぶことの効用について実感することができ、「興味がないことも積極的に学んでいこう」と思えるようにもなりました。

 詳しくは連載の中で触れますが、作品全体としては、既存のファンタジーで使用されることが多い「西洋中世風」のテンプレートを使うというよりは、西洋中世の研究者たちが著した文献をベースに、新たな世界観を作り込んでいる印象を受けました。

シンクロナスにて好評連載中「〝中世ヨーロッパ風〟ファンタジー世界を歴史学者と旅してみたら【『葬送のフリーレン』編】」

「創作」は「歴史学」によい影響を与えるのか

――西洋中世風の創作に触れることで、研究へのモチベーションを維持したとのことですが、歴史学を学ぶうえで、創作はよい影響を与えるのでしょうか。

仲田:よい悪いというのは語弊がありますが、メリット、デメリットどちらもあると思います。

 まず、メリットについていえば、正誤は別として、何もイメージがないよりも何かしらイメージがあるほうが理解は早いのではないでしょうか。また、私がゲームの『クロノ・トリガー』などに触れて、西洋中世に興味を持ったように、創作は「勉強」や「研究」のきっかけを提供してくれます。

 一方のデメリットは、確固たるイメージ、とくにわかりやすく、かつ、実態とかけ離れたイメージが定着してしまうと、歴史を学ぶ際の障壁になってしまう可能性があります。

 たとえば、「中世は暗黒代だった」というイメージも部分的には間違っていないのですが、全体で見ると必ずしも正しくありません。もっと具体的にいえば、「教会、カトリックが科学を弾圧したことで人類の進歩を遅らせた」という歴史観は、プロテスタントがカトリックを批判するための言説であり、19世紀のアメリカから出てきたと考えられています。

 ですから、創作を「歴史を学ぶきっかけ」として楽しみつつも、創作に取り入れられているイメージは正しいものか否か、そのイメージはどうやって生まれたのかをチェックしたり、問い直す力が歴史を学ぶ人間には求められるのではないでしょうか。

――そのあたりの認識について、学生と接する中で感じていることはありますか。

仲田:学生たちが持っている「イメージ」は千差万別であり、一括りにするのは簡単ではありません。ただ、「中世」と「近世」を混同しているケースにはよく遭遇します。華やかなヨーロッパ、立派な宮殿、お城といったイメージの多くは「近世」に由来するものであり、学生たちだけでなく、創作の中でも一緒くたになっているケースを見かけることはあります。

 これは「創作」が悪影響を与えているというよりは、日本にとって「西洋中世」が縁遠い存在であることも相まって、「昔のヨーロッパ風」というイメージが、すべて「中世」に回収されてきたことが原因の1つだと感じています。

世界史のメインストリームではない地域の漫画も読んでみたい

――連載はまだまだ続きますが、この先、扱ってみたい作品はありますか。

仲田:私が専門とする東ローマ帝国(ビザンツ帝国)に関する作品、さらに言えば、東ローマ帝国に支配されることになった「アルメニア」を扱った漫画があれば読んでみたいですね。

 東ローマ帝国は15世紀くらいまで残っていたのですが、その間、キリスト教を受け入れたり、ギリシャ語がメインの言語になったり、地理的にはギリシャやトルコあたりが中心になっていきました。一方のアルメニアは言葉も文化も違えば、同じキリスト教でも教義が違います。マクロの視点で見ると、大国に支配される小国と捉えられる一方で、実際にはアルメニアも見過ごせないほどの主体性を発揮していたりもします。

 西洋中世の歴史のメインストリームではないかもしれませんが、大国と小国との関係性、駆け引きのようなものを題材にした作品があれば、ぜひ読んでみたいですね。

 あとは、『葬送のフリーレン』のように、きっかけがなければ読まないような作品に出会えるのも連載の醍醐味ですので、おすすめの作品情報、お待ちしております。

(編集協力:池口祥司)