(写真:Buena Vista Images / Stone / GettyImages)

中世ヨーロッパ風の剣と魔法のRPG世界を舞台に、魔王討伐の旅のあとを描いた人気漫画作品『葬送のフリーレン』(原作:山田鐘人、作画:アベツカサ)。その豊かな世界観を、西洋史を専門とする研究者が歴史の視点でひも解く!

「中世ヨーロッパ」のイメージと言えば?

 西洋中世に関連する分野を研究する者として、専門外の方々に「西洋中世にどのようなイメージを持っているか」という質問をすることがよくある。すると、大きく分けて相反する2つの答えが返ってくる。

 一方は、総じてポジティヴな中世イメージだ。華やかで、貴族たちが舞踏会に興じ、壮麗な建造物が街にあふれかえるような様相である。

 他方でネガティヴなイメージを抱いている人も少なくない。宗教に支配された世界、硬直化した社会、戦乱が相次ぎ、人々は飢饉や不衛生に苦しんでいる、といったものである。それらが「暗黒時代」という言葉で括られることもよくある。

 興味深いことに、私が聞いた範囲では、どちらかといえば前者のような反応のほうが多いように思う。

専門家は「中世=暗黒時代」に反論してみるものの…

 これは西洋中世研究者としては意外だった。中世研究者が一般向けに中世を説明する際、どちらかといえば、暗黒史観がいかに実態と異なっているのかを説明することに重点を置きがちだ。筆者も共訳で加わったウィンストン・ブラック著(大貫俊夫監訳)『中世ヨーロッパ:ファクトとフィクション』(平凡社、2021年)はその代表である。

『中世ヨーロッパ ファクトとフィクション』ウィンストン・ブラック(著),大貫俊夫(監訳),平凡社.

 インターネット上でも、中世暗黒史観に対してツッコミが入っている場面は少なからず見かけるので、てっきり「中世は暗黒時代だったとされているが、実態は(少なくとも中世盛期については)違う」という見解は、ある程度広まってきているのかと思っていた。

 しかし実際のところは、必ずしも西洋中世に詳しくない人々に中世=暗黒イメージとそれに対する反論を紹介しても、そもそもネガティヴなイメージを持っておらず、なぜ研究者がそこまで熱心に反論するのかピンと来ていない人すらいたようだ。ちなみに次回以降で後述するように、「華やかな」イメージの方も、少なからず近世との混同が見られる。

日本での西洋中世イメージはどこから来たのか?

 本邦における西洋中世に関するイメージはどこから来ているのだろうか。よくよく考えてみれば、西洋中世を直接のルーツとしないところで、遠い異国の過去について、様々なイメージが喚起されること自体が驚きである。

 これについては本邦特有の西洋中世受容の様相があることを念頭においておかねばならない。それはすなわち、様々な創作物(フィクション)が西洋中世をモチーフにしているということである。

 そうした事情もあり、「西洋中世を舞台にした創作物といえば、どのようなものが思い浮かぶか」という質問もよく尋ねる。答えとしては『ドラゴンクエスト』を始めとする一連の和製RPGや『ゼルダの伝説』といった中世風ファンタジーの定番が目立つ。ヨーロッパ中世について、創作物を通して何らかのイメージを持っている人は多いようだ。

※『ドラゴンクエスト』シリーズ=1986年にエニックス(現 スクウェア・エニックス)から一作目が発売されたロールプレイングゲーム(RPG)シリーズ。
※『ゼルダの伝説』シリーズ=1986年に任天堂から一作目が発売されたアクションRPGシリーズ。

 いったい私たちは、こうした作品のどのような部分を中世風だと感じるのだろうか。それは実際の中世と比べてどうなのだろうか。もし違うとするならば、それはなぜなのだろうか。違うことによって、作品にどのような効果があるのだろうか。

 こうした点について知っていれば、実際の西洋中世についても、西洋中世風ファンタジーについても、相乗効果でより楽しむことができるのではないだろうか。