『葬送のフリーレン』の中に見る「中世風要素」

 今回事例として扱うのが、個人的にも気になっていた『葬送のフリーレン』(以下『フリーレン』)である。

 アニメ化もされて話題になっているのを傍目には見ていたのだが、今回の連載を始めるまで、筆者に前提知識はほぼなかった。ならば好都合、西洋中世を専門とする人間がフレッシュな視点で読んでみたら、そこにはどんな中世あるいは中世風要素が見えるのだろうか。それらは作中でどんな効果を持っているように見えるだろうか。

 そうした点について、筆者の印象に残ったいくつかの事例を取り上げながら紹介してみようというのがこの記事の趣旨である。

「昔のヨーロッパ風」剣と魔法のファンタジー世界

 『フリーレン』の物語は勇者ヒンメル一行が、「魔王」を倒して王様から褒賞を受ける場面から始まる。

 なるほど、この物語はよくあるヨーロッパ中世風の世界を舞台にした、剣と魔法のファンタジーをベースにしているようだ。典型的には『ドラゴンクエスト』に見られるような、勇者と様々な役割(ロール)を持つ仲間たちが冒険しながら大きな敵を倒しに行くという、ロールプレイングゲーム(RPG)によくある舞台設定だ。

 『フリーレン』の世界には城を構える王様がおり、石造りの町並みが並び、「教会」と聖職者たちがいる。技術レベルは総じて低く、電気やガスや水道はもちろん、初歩的な工業化も進んでいない。いずれにせよ、こうした舞台設定を「中世ヨーロッパ風」、そうでなくても「昔のヨーロッパ風」と感じる人は多いだろう。

 その一方で現実離れしたファンタジー要素も強く、あくまで架空の世界であることは読者にとって明らかである。魔法の存在が物語の鍵となっていたり、いわゆる人間以外に「エルフ」や「ドワーフ」といった架空の種族が登場したり、魔物が跳梁跋扈していたりもする。

 昔のヨーロッパ風の世界観と、魔法が登場するファンタジー世界。

 この2つの要素に親和性を感じる人も多いだろう。むしろ、剣と魔法のファンタジーといえばヨーロッパ中世あるいは「昔のヨーロッパ風」の世界観というイメージを抱いている方も少なくないだろう。

 これはなぜなのだろうか。それを知るためには、本邦における西洋中世受容をめぐる歴史をひもとく必要がある。

RPGを通じて広まった「現実ではないどこか」としての西洋中世

 『フリーレン』を含む創作の舞台としてよく用いられている「昔のヨーロッパ風」世界観の遠い先祖は、たしかに西洋中世である。

 しかし、そこに至るまでの経緯は複雑で、結論から言ってしまうと「昔のヨーロッパ風」世界観は、西洋中世をモチーフにした欧米の創作物から、その世界観を間接的に輸入したものが中心である。

 岡本広毅氏が論文「ファンタジーの世界とRPG」で詳述しているように、その潮流は1980年代に始まった。かねてより西洋中世風世界観を取り入れていた『ダンジョンズ&ドラゴンズ』を始めとするテーブルトークRPG(TRPG、人間同士が対話しながらルールに即して楽しむRPG)の世界観が、本邦のコンピュータゲームに取り入れられ、西洋中世風の世界観で展開する剣と魔法のファンタジーというイメージが、爆発的に広まったのである。その代表が言うまでもなく、社会現象をも巻き起こした『ドラゴンクエスト』である。

 追随する多くの作品が西洋中世風世界観を利用した。今こうして西洋中世に関連する分野を研究している筆者だが、「中世」という言葉に初めて触れたのは、おそらく『クロノ・トリガー』だったと思う。

※『ダンジョンズ&ドラゴンズ』=1974年にアメリカで発売された、世界で最初のテーブルトークRPG。
※『クロノ・トリガー』=1995年にスクウェア(現 スクウェア・エニックス)から発売されたRPG。

 こうした中世風RPGの世界観に大きな影響を与えている作品の一つがJ・R・R・トールキンの『指輪物語』である。トールキンは確かに中世文学についての業績も多く残しており、意図的に西洋中世のモチーフを取り込んでいたと考えられる。ゆえに、本邦におけるRPGは間接的に西洋中世を題材にしている。

『指輪物語1 旅の仲間 上』J・R・R・トールキン(著),瀬田貞二,田中明子(訳),評論社.

 しかし全体的な潮流としては、西洋中世風世界が一大ジャンル化するにつれ、創作物における中世イメージは次第に「昔のヨーロッパ風」程度に脱色されていったように見える。

 有り体に言ってしまえば、便利な「現実ではないどこか」として、中世ヨーロッパ風世界観が用いられている節があるのではないだろうか。人口に膾炙した、かつ作劇に幅を持たせることができる設定であり、特に近代文明が存在せず、魔法のような現実離れした要素が主軸に据えられる創作には、これ以上ない舞台である。

慣れ親しまれた「RPG世界」。実際の西洋中世はどうだった?

 さて、フリーレンの世界は典型的な剣と魔法のファンタジー世界であり、加えて「RPG世界」でもある。

 話の展開としても、RPGプレイヤーなら感じたことがあるであろう「RPGあるある」が随所に散りばめられている。メインストーリーの展開に関わりのないイベントをついついこなしてしまう、というプレイヤーの多くが経験したであろう体験を、寿命を持て余すエルフであるフリーレンから見れば極めて限られた寿命しか持たない勇者ヒンメル、ひいては人間を知る鍵として描いているのが、RPGに慣れ親しんだ人々が本作に入り込みやすい理由の一つであろう。

 これは完全に余談だが、この作品の展開は、七崩賢というラスボス以外の大物との戦い、傍目に見ると重要性は低いが気になる伏線の回収など、RPGで言うところのクリア後のやりこみ要素か、「強くてニューゲーム」のような周回プレイを彷彿とさせるものがあるように思えた。その辺りの敵はあっさりと倒すことができるのも、そう感じさせる要素の一つである。

 90年代に小学生時代を過ごした筆者の思い入れのためか、話がいささかRPG風世界観に入り込みすぎた。ここからは『フリーレン』に登場する「昔のヨーロッパ風」のいくつかの要素に焦点を当てつつ、それに比べて実際の西洋中世はどうだったのか、という視点で筆を進めていきたいと思う。

参考文献

  • ウィンストン・ブラック 著(大貫俊夫 監訳)『中世ヨーロッパ:ファクトとフィクション』(平凡社、2021年)
  • 岡本広毅「ファンタジーの世界とRPG―新中世主義の観点から」『立命館言語文化研究』31(1)(2019)、175–187頁。https://ritsumei.repo.nii.ac.jp/records/3203

続き #2 王侯貴族が治める世界 (1)

著者プロフィール
仲田 公輔
岡山大学 文学部/大学院社会文化科学学域 准教授。セント・アンドルーズ大学 歴史学部博士課程修了。PhD (History). 専門は、ビザンツ帝国史、とくにビザンツ帝国とコーカサスの関係史。1987年、静岡県川根町(現島田市)生まれ。

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中世ヨーロッパ風ファンタジー世界を歴史学者と旅してみたら