競技施設の建設費圧縮に汗を流した森氏

 猪瀬辞任後、自民党は浪人中の私を候補者に指名し、私は選挙で当選して、後任の都知事となったのである。それまで、五輪誘致には関わっていなかった私は、都知事に就任して職務内容を精査して、東京五輪開催には余りにも多くの課題が山積しているのに愕然としたものである。

 五輪にコストがかかるのは周知の事実である。猪瀬元都知事は、五輪誘致レースのときに、「銀行に現金が山ほどある(cash in the bank)」と豪語し、東京都の財政力をアピールした。また、半径8キロ以内に全ての競技施設を建設し、晴海の選手村から30分以内に到着できると述べ、コンパクトであることをセールスポイントとして強調したのである。

 しかし、その結果、施設建設費が数千億円に膨れ上がっていた。相前後して責任者となった森氏と私は、それを見て仰天し、建設費をいかにすれば削減できるかという課題に取り組むことにした。そして、既存施設を活用するなどの方針を固め、バドミントン、バスケットボール、セーリングなどの会場は新設しないことにしたのである。

 こうして、近隣の千葉県、埼玉県、神奈川県、静岡県にある既存の施設を使用することにしたのである。そのときに、これらの県の知事に直々にお願いに出向いたのが森氏である。このような森氏の会長としての功績にも言及すべきである。

五輪の裏で絡みある利権、これを捌く組織委トップには強力な調整力が不可欠

 このような苦労の結果、4584億円にまで膨れ上がった恒久施設の建設費は2576億円にまで縮減できたのである。つまり、約2000億円の経費を圧縮して、都民の負担を減らしたのであるから、この点では都民は森氏に感謝せねばならないだろう。

 このように、都知事としての私の最初の仕事は、猪瀬都政下で膨張した経費を削減することだったのである。