睡眠不足のストレスで血圧と血糖も上昇

 まず、1つ目の理由は、食欲中枢の問題です。睡眠不足によって、満腹ホルモンであるレプチンの分泌が低下して「空腹感を増強」する一方、摂食ホルモンであるグレリンの分泌が増加して「食欲が亢進」します(10)。つまり、過食してしまいがちな要素が2重になっているのです。徹夜で仕事をしていて、明け方に猛烈にお腹が減ってきたという経験が誰しもあると思いますが、実はそれには生理学的な理由があるのです。

 2つ目の理由です。睡眠不足などのストレスがかかると、副腎からコルチゾールというホルモンが分泌されます。このホルモンは血圧と血糖を上昇させる作用を持っています。なぜそんな作用が必要なのかというと、強いストレスがかかった場合には、「闘争か逃走か( fight-or-flight response)」という緊急の判断が必要なので、それに備えるために血圧と血糖という身体のギアを上げて、スーパーサイヤ人のように臨戦態勢にするのです。

 しかし、慢性的な睡眠不足でそのような緊急事態が続けば、高血圧、糖尿病のリスクは上がってしまいます。さらには免疫能力を落とす作用もあるので、十分な注意が必要です(11)。

 そして最後に、睡眠時間が乱れれば、当然、食事や運動などの他の生活習慣の乱れも誘発します。また、日中に眠気や疲労を感じれば、活動量が低下し、エネルギー消費量も低下します。それらが複合して、生活習慣病のリスクを上げます。

 以上のように、睡眠不足は様々な実害をもたらします。

 スリーマイル島やチャレンジャー号の事故まではいかなくても、トラブルや交通事故などによる経済的損失、人的損失は莫大です。

 事故のように直接的なものではなかったとしても、睡眠不足で抑うつ状態になれば、休職や失職を余儀なくされるケースもあるでしょう。

 また、メタボになって脳卒中や心筋梗塞を起こせば、寝たきりになったり、最悪の場合は命を失ったりする可能性もあります。医療・介護費用にかける負担は非常に大きくなります。

 たとえ経済面だけに限定したとしても、睡眠不足による日本の損失は、年間3兆5000億円にのぼるとも試算されています(12)。「睡眠時間に十分な対処がされていない」というだけで、これだけのものが毎年失われ続けているのです。

 世の中には、様々な場所で働くシフトワーカー、長い通勤時間に耐える人たち、実は本当の病気が原因による睡眠障害の人たち(順次解説いたします)があふれています。

 このコロナ禍で、今まで当たり前のように行われてきたけれども、本当にこのままでいいのかという事柄に、少しずつスポットライトが当たり始めています。本来、私たちは何を大切にすべきなのか、そして失わなくてもよかったものをどうやったら取り戻せるのか。そういったことを一人ひとりがじっくり考えるべき時期に来ています。たとえ残念ながら周囲の人たちが変わらなかったとしても、自分だけでも変わる必要があるのではないでしょうか。

【参考文献】

(1) Lo JC, et al. Effects of partial and acute total sleep deprivation on performance across cognitive domains, individuals and circadian phase. PLoS One 2012;7:e45987

(2) Dawson D, et al. Fatigue, alcohol and performance impairment. Nature 1997;388:235 

(3) Belenky G, et al. Patterns of performance degradation and restoration during sleep restriction and subsequent recovery: a sleep dose-response study. J Sleep Res 2003;12:1-12 

(4) Van Dongen HP, et al. The cumulative cost of additional wakefulness: dose-response effects on neurobehavioral functions and sleep physiology from chronic sleep restriction and total sleep deprivation. Sleep 2003;26:117-126 

(5) Mitler MM et al. Catastrophes, sleep, and public policy: consensus report. Sleep 1988;11:100-109. 

(6) National Commission on Sleep Disorders Research. Wake up America: a national sleep alert. Washington DC: U.S. Department of Health and Human Services, 1993

(7) Kahn-Greene, E.T., et al. The effects of sleep deprivation on symptoms of psychopathology in healthy adults. Sleep Med. 2007;8:215‒221.

(8) Killgore, W.D.S., et al. Sleep deprivation reduces perceived emotional intelligence and constructive thinking skills. Sleep Med. 2007;9:517‒526.

(9) Troxel WM, et al. Sleep symptoms predict the development of the metabolic syndrome. Sleep 2010;33:1633-1640 

(10) Taheri S, et al. Short sleep duration is associated with reduced leptin, elevated ghrelin, and increased body mass index. PLoS Med 2004;1:e62 

(11) Vgontzas AN, et al. Sleep, the hypothalamic-pituitary-adrenal axis, and cytokines: multiple interactions and disturbances in sleep disorders. Endocrinol Metab Clin North Am 2002;31:15–36

(12)内山真 2012. 睡眠障害の社会生活に及ぼす影響と経済損失 . 日本精神科病院協会雑誌、31 : 61-67.