イラスト:近藤慎太郎
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入眠のカギを握る「メラトニン」

 前回、人間の睡眠-覚醒リズムには意外と複雑な日内変動があることを解説しました。午後の14時前後の活動性が上がるべき時間帯に、一時的に意識は睡眠の方に傾くこと。そして、眠る直前の20~22時といった時間帯(睡眠禁止ゾーン)には、むしろ眠気は一時的に解消され、覚醒度が上がること、などです。

 さて、睡眠禁止ゾーンはあるものの、そこを乗り越えると、体は一気に入眠モードに突入します。その「眠くなるメカニズム」で最も大事な役割を担っているのが「メラトニン」というホルモンです。

 メラトニンは脳の松果体と呼ばれる部位から分泌されています。第4回で解説した通り、人間の1日のサイクルは体内時計でおおむね24時間10~20分にコントロールされています。

 メラトニンの分泌も同様に、主に体内時計でコントロールされていますが、日中は分泌が抑制されて覚醒を保持し、入眠前に一気に分泌量が増えて睡眠への準備を整えます。

 体内時計と同様に網膜からの光刺激で24時間にリセットされるので、朝に日の光を浴びることが、夜の適切な時間にメラトニンを分泌させる重要なカギとなります。

 メラトニンは体温を低下させる作用も持っているので、メラトニンがバンバン出ている睡眠中は、グラフの通り体温(脳の温度)が分泌量に応じてキレイに下がります。

メラトニンが分泌されている睡眠中は体温(脳の温度)がきれいに下がる

 これによって、全身のクールダウンを行い、疲労の回復を図っているのです。このように、メラトニンの分泌は体温の低下と密接な関係にあります。

「ですので、入眠する1~2時間前に入浴をし、入眠時にちょうど体温が下がるようにすれば、メラトニンが分泌され、スムーズに入眠でき、良質の睡眠をとることができるのです。入浴の時間には十分留意しましょう」

 ・・・なのでしょうか。

 カギカッコ内は睡眠についての解説で良く見かける文章です。漫然と読んでいると「なるほどね~」と納得してしまいますが、実はここには注意が必要です。

 重要なことは、「体温が下がる」ことと「メラトニン分泌」の因果関係の方向です。言い換えれば、「体温が下がる」のは原因なのか結果なのかということです。

 確かに、メラトニンには入眠を促す作用に加えて、体温を下げる作用があります。たとえば赤ちゃんや子どもが眠たそうなときには、手足がポカポカしています。あれは、「体温を下げるべく放熱している」のでポカポカ暖かいのです。

 このように、メラトニンに体温を下げる作用があるのは確かですが、入浴などで体温を下げればメラトニンが出てくる、という話でありません。因果関係が逆なのです。

 たとえば「梅雨に食べ物が傷みやすくなる」というのは間違いない現象ですが、湿度が高くなるから食べ物が傷みやすくなるのであって、その逆ではありません。

 このように、因果関係の方向を取り違えている議論というのは世の中にいくらでも見受けられるので、注意が必要です。