少子高齢化と人口減少が進むわが国の社会の質を維持し、さらに発展させるためには、データの活用による効率的な社会運営が不可欠だ。一方で、データ活用のリスクにも対応した制度基盤の構築も早急に求められている。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大によって、これまでの経済、社会のあり方は大きく変わろうとしている。
その中で、日本が抱える課題をどのように解決していくべきか。データを活用した政策形成の手法を研究するNFI(Next Generation Fundamental Policy Research Institute、次世代基盤政策研究所)の専門家がこの国のあるべき未来図を論じる。第4回は理事長の森田朗氏。(第1回、第2回、第3回はこちら)
単なる要請でも効果が出るのはなぜか
やっと緊急事態宣言が解除されたが、同宣言が発せられた直後から、新型コロナウイルス感染症の拡大を抑えるべく、政府や自治体は飲食店などに対し、休業やいわゆる「3密」といわれる場所の閉鎖を要請した。
多くの国では要請に留まらず、早々に禁止令が出され、外出が規制され、閉店が命じられたが、わが国の場合はあくまでも国民に自粛をお願いする「要請」が基本である。特措法(新型インフルエンザ等対策特別措置法)においても、要請に応じない場合には「指示」、その指示にも従わないときでも店名を公表するだけで、閉鎖や休業を命じることはできない。
このようなソフトな手法で、すべての国民の行動変容を実現することができれば、感染症対策も容易に実現できるであろうが、実際には、指示、公表をも無視する者がいる。大阪のパチンコ店は、知事の休業を求める指示にもかかわらず、営業を続けた。むしろ店名の公表によってその店を訪れる客は増加し、感染のリスクが拡大したという。
このような場合には、当然、命令などの強制的な手段を用いるべきであり、命令に従わない者には罰則を適用して、行動を改めさせなければならないという主張も聞かれる。しかし、業者としてみれば、長期に及ぶ休業は死活問題である。政府の要請、指示による休業である以上は、当然、補償とセットでなければ受け容れることはできない。
では、感染の拡大を防ぐためにより強い措置が必要と考えられるにもかかわらず、政府はなぜ強制手段を採用しないのか。他方、休業を求められた業者は、なぜ補償を求めるのか。また、単なる要請であるにもかかわらず、かなりの接触削減の効果が得られたとすれば、それはなぜなのか。政府が多数の国民に対して行動変容を求めるとき、有効な方法はどのように見出せばよいのか。
政府のツールは「強制」「金銭」「情報」
それを理解するためには、大学における行政学、あるいは公共政策論で教える政策ツール、あるいは政策手段の考え方がわかりやすい。
通常、行政と呼ばれている政府の活動は、多くの場合、国民の行動変容を求める活動である。交通事故を減らすための交通規制はいうまでもなく、社会的弱者に対する福祉サービスも、申請に基づいて、生活を支援するための資金やサービスを給付する。規制のように行動変容を求める対象と受益者が異なる場合もあれば、福祉サービスのように給付の受給資格者に働きかける場合もあるが、いずれにせよ大半の政府活動は国民の行動変容を求めるものであるといってよい。
行政学の教科書が説くところによれば、このような行動変容をもたらす政府のツールには大きく分けて3つのタイプがある。すなわち「強制」「金銭」「情報」である。
「強制」はいうまでもなく、一定の行為を禁止したり、義務付けるルールを定め、それを守るように指示し、違反したら摘発して罰するというやり方である。人は皆、罰せられるのはイヤだから、ルールに従う。
「金銭」とは、経済的なインセンティブを与えて行動を変えさせるという方法であり、利益を求める人間心理に訴えるものである。つまり、期待する行動をとれば、利益を得られ、しないと損をするという仕組みである。補助金であるとか交付金、そして補償もこれに相当する。
「情報」は、人間は一定の価値を追求する動物であり、それに合致する情報を入手すれば、価値を充足するために行動を変える、という性質を利用した方法である。
金儲けが好きな人は、儲かる株の銘柄がわかればそれを買う。価値観そのものを教育や啓蒙によって変えることもある。経済成長第一と信じていた人も、後世に残さなければならない環境の大切さを知ったとき、開発論者から環境保護論者に変身する。このように、政府の発信する情報は、国民の行動選択に大いに影響するため、適切な情報発信をすれば、多数の国民に行動変容を促すことができる。
もちろん、実際にこれらのツールが作られ使われる場合には、単独ではなく、複数のツールが合わせ技として用いられる。そのツール・ミックスを的確に作ることで、より行動変容の効果を高めることができる。