
花王は「月のマーク」を2021年、製品パッケージから外した。優しく微笑む月のマークに親しみをもっていた人たちには驚きをもって受け止められたことだろう。創業間もない1890年から意匠を変えつつも続いてきた「月のマーク」を外すことは、同社にとって決断だったに違いない。背景には、花王の見据える将来像がある。「月のマーク」の変遷をめぐる花王の歩みを、花王ミュージアム館長の冨士章氏と共にたどった。
「顔」から「香王」か「華王」か…いや「花王」にしよう
花王の「月のマーク」が誕生したのは1890(明治23)年。創業者・初代長瀬富郎(1863~1911年)が創業3年目に創り、「花王石鹸」の包紙や箱に使用したものだ。月の顔は、ひげを蓄えたもので、右向きで口から「花王石鹸」という文字を吐息とともに発している。

月の顔をマークにしたのは、 長瀬が自ら営む洋小間物店で扱っていた輸入鉛筆のマークに示唆を受けたからだ。長瀬が商標登録出願をした時の「明細書」が残っている。月が吹き出しているのは「花王」でなく「香王」の文字。富郎は当初、顔を洗える「顔石鹸」をもじって「香王石鹸」と考案し、書家の永坂石埭(1845~1924年)にロゴタイプ作成を相談したところ、「華王」がよいと言われた。だが、読みにくく書きにくいことから「花王」のほうがよいのではと返し、「花王石鹸」に定まった。
花王ミュージアム館長の冨士章氏は、「当時、顔を洗えないほどの粗悪な国産石鹸が出回っていた中、富郎は顔洗いに使える安価な石鹸を安く広く国民に使ってもらいたかった。それでも、いまの経済価値で1個6000円相当のものでした」と話す。
こうして「月のマーク」が、「花王石鹸」のロゴとなった。