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 日本を代表する経営者であり、本田技研工業の創業者でもある本田宗一郎氏。その考え方は時代が変わってもなお、耳を傾ける価値がある。本連載では、今も多くの人に読みつがれる『本田宗一郎 夢を力に』(本田宗一郎著/日本経済新聞出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。裸一貫から世界への扉を開いた名経営者の行動力と言葉に、改めて光を当てる。

 今回は、「理論」「時間」「能率」の尊重について本田宗一郎氏が残した名言を紹介。資金も設備も乏しかった新興の本田技研は、なぜたちまちオートバイ業界を席巻できたのか。

※本記事の中には今日、差別的とされる語句や表現がありますが、作者が故人であり、作品の発表された時代的・社会的背景も考慮して、原文のまま掲載いたしました。

工場経営断想

本田宗一郎 夢を力に』(日経BPマーケティング)

1. 理論の尊重

 私の会社では工場経営の根本を理論の尊重に置く。しかも、こと会社の業務に関する限り理論を尊び合理的に処理する。正しい理論こそ古今を通じて誤らず、中外に施してもとらず、普遍妥当な時間と空間に制約せられないものである。

 第二次大戦を敢えてし、敗戦の悲惨を満喫させられた原因は「命令のいかんを問わず」とか「宮の楷額(きざはし)づけば厚い涙がこみあげる」「そうだその意気その気持ちを」とかいったアメリカの技術や物量を無視し、生産力を正当に評価し得なかった没理論の精神主義にあった。

 当時「一生懸命」が尊ばれたが、単なる一生懸命は何ら価値がない。否、誤った一生懸命は怠惰よりもかえって悪い。一生懸命には「正しい理論に基づく」ことが欠くことを得ない前提条件である。

 たとえば人事関係にしても、清水次郎長が、大政、小政を使った封建的な親分子分的方法では近代工業は成り立たない。

 理論に基づく各人のアイデア、すなわち創意工夫を尊重するところに進歩発展がある。人間の肉体的労働力は二十分の一馬力に過ぎない。人間の価値は物事を理論的に考え合理的に処理する知恵と能力に比例する。わが社に新しさがあるとすれば、それは従業員の年齢の若さもさることながら、時空を越えて常に新しい理論を尊重するからである。わが社の今後の進歩と発展は、一に懸ってより一層理論的であると否とにある。