酒とキノコの味わいを生んだ、共生と寄生の分解者

生物進化を食べる(第8話)真菌類篇

2019.11.29(Fri)大平 万里
(上)コウジカビ属の分生子の構造と、(下)米がコウジカビに覆われてできた糀。
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 ここで、酒づくりから少し離れて、コウジカビ類を含む子のう菌の自然での働きを考えてみよう。その主な働きとは「分解」である。

 デンプンは単純な糖が数千から数万も数珠つなぎになっている物質で、その分解にはそれなりの段階を要する。真菌類にあふれる現在ならば、そのような複雑な化合物は多様な菌類によってあっさりと分解されてしまうだろう。

 しかし、陸上の生態系が生じたばかりの約4億2000万年前はそうではなかったかもしれない。そこで、他の生物に寄生している子のう菌としては、その生物の養分を最大限利用したいところだろうから、複雑な化合物を単純なものに変えていくように進化してきたのであろう。

 そうして生じた分解産物はより多くの生物に利用されやすくなり、その結果、陸上の物質循環の基礎ができたはずだ。それに呼応する形で他の生物も変わっていく。つまり、子のう菌をはじめとする真菌類は、陸上の新たな生態系成立の立役者であったといえる。

 酒づくりの話に戻ると、糀を元に新たな子のう菌が活躍することになる。「出芽酵母」(Saccharomyces cerevisiae)である。

 出芽酵母は単細胞で、飢餓状態でない限り、親の体にできた小突起から新たな個体を生みだす「出芽(しゅつが)」とよばれる方法で増殖する、不思議な存在だ。菌糸さえも伸ばさない生活形態は、まるで既にそこにある餌を吸収するだけの受け身の真菌類の姿といえよう。

 ご存知のとおり、出芽酵母を含む酵母は、単純な糖からアルコールを合成することができる。つまり日本酒に限らず、酒づくりに欠かせない真菌類である。酵母は自然界の至るところに存在し、他の生物が生産した糖類がわずかでもあれば、アルコールをつくってきたことであろう。人類がその作用を見逃すはずもなく、酒づくりが農耕以前のかなり大昔から行われていたことは想像に難くない。

酵母の出芽のしかた。
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