それは倫理的にどうかと思ってはいたんだけれど、ほかに手術をしてくれる医者がいないから離れられなかった。何年か我慢して付き合っていた。
ところが、2002年になって問題が顕在化してしまった。ある患者さんが手術を受けた病院でもらった請求書はおかしいと言い出した。そこには手術費用のほかに検査費用まで入っているじゃないですか。
検査費用はすでに健康保険で賄われているはず。それなのに何万円か分の検査費用が保険外で請求されている。これは二重取りの詐欺に当たる。犯罪でしょう。
それで早速患者さんたちに声をかけて領収書を集めてみたんだ。すると、ずっと前から二重取りしてることが判明した。これにはさすがに堪忍袋の緒が切れてしまった。
小さな悪事が乳房の温存療法の大敵に
そして、患者さんたちにいままで詐欺をされていたというのを教える文書を作って渡したら、それが報道されてものすごく大きく扱われて、ちょっとした社会問題になったんです。患者の中で何人か正義感のある人が告訴すると言い出した。
彼らが医療問題に取り組んでいる人たちと連携してその外科医を警察に告訴・告発したんです。警察は半年ぐらい一生懸命調べ、私も段ボール箱で何十箱分のカルテや請求書を病院でコピーして検察に送った。警察は詐欺罪で立件できると思ったから。
けれども結局、検察の判断は不起訴になった。その理由は、手術した外科医をかばう患者がいるんですよね。「この先生は私の命を助けてくれた」と。また、「いま先生がいなくなったら経過を誰が診てくれるんだ」と。
そういう患者の取り調べ調書が出てくると、「私は二重取りだと分かっていたけれど払ってました」となっちゃうんだ。二重取りされた方がそれを分かっていた場合には詐欺罪は成立しない。そうなると公判を維持できないから、検察官は起訴を見送ってしまった。警察は怒っていたけれど・・・。
川嶋 命に関わる医療現場の難しい問題ですね。命に引き換えたら数万円なんかたいした問題ではなくなる。むしろ手術をしてくれる医師がいなくなることの方が問題という気持ちもよく分かります。でも、二重取りしていた医師には、何と言うかがっかりさせられますね。せっかく良い仕事をしているのに。