私たちは何のために生まれてきたのか。神様から与えられたその使命をはっきりと認識している人はそう多くないかもしれない。ところが、神様から尋常ならざる厳しい使命を宣告されてしまった美しい女性がいる。吉野ゆりえさん、元ミス日本でかつ競技ダンスの世界でも名声を欲しいままにした人である。

 すべては1つの医療ミスから始まった。がんを良性腫瘍と誤診され腹腔鏡手術を受けたことで、細い管を通して対外に腫瘍を取り出すため切り刻まれたがん細胞が逆に体中にばらまかれることになってしまったのだ。

 その結果、様々な部位に転移を繰り返し、まもなく10回目の手術を受けるという。しかし、吉野さんは全く落ち込んでいない。いや正確には、人前では決して落ち込んだ姿を見せない。

 がんは克服はできない。しかし、戦えば生きている時間を長くすることはできる。吉野さんはその戦いに自らの使命を見出しているのだ。過酷すぎる戦いである。少しでも弱気を出せば死が目の前に現れる。

 しかも吉野さんは、病気と戦うことだけにすべてを懸けているわけではない。生きている以上は人間には与えられた使命を果たす義務がある。美とダンスを追求してきた吉野さんにとって、それなくしては生きる意味もなくなってしまう。

 医師と徹底的に話し合い、自らの美と機能を損なわずに最高の効果を上げられる手術方法を追求しているのである。

 生きるということは何なのか。自分は何のために生まれてきたのか。そしてがんという病気はいったい何なのか。吉野さんは私たちに多くのことを投げかけてくる。

 吉野さんの壮絶すぎるがんとの戦いを以下のインタビューでぜひお読みいただきたい。彼女の活動は、必ずがん治療に多くのブレークスルーをもたらすに違いない。吉野さんはインタビューの最後にこう言った。

 「少しずつ余命を伸ばして1日でも長く生きる。ある日気づいたらいい歳のおばあさんになっていたらいいな」

良性腫瘍摘出のはずが、がん細胞を体内にバラまく最悪の結果に

吉野ゆりえ(よしの・ゆりえ)
元ミス日本、元全日本ダンス選手権ファイナリスト。現在、世界ダンス議会国際審査員。日本ダンス議会審査員。日本ブラインドダンス協会理事。都立八王子盲学校ブラインドダンス部講師。ウリナリ芸能人社交ダンス部特別講師。東京大学医科学研究所所属。日本に「サルコーマセンターを設立する会」代表。「いのちの授業」講師。フリーアナウンサー(詳しいプロフィールはこちら

川嶋 吉野さんが、がんに罹患された時の様子からお聞かせいただけますか。

吉野 プロの社交(競技)ダンサーを2002年に現役引退して、その後は審査員や後進の育成などにあたっていたのですが、ちょうどオーストラリアで仕事をしている時に、激しい腹痛に襲われ倒れたのが始まりです。

 病院でいろいろと調べましたが、原因がはっきり分からない。ただ、婦人科系の疾患ではないかということでした。痛みもある程度治まったので、日本で診察してもらったほうがいいだろうということで急遽帰国しました。

 最初に行った大学病院では、卵巣が腫れているだけという診断でした。それで定期検診を受けながら様子を見ようと。病気ではないから薬もありませんでした。

 そうやって1年くらい経ったころに、また腹痛で倒れたんです。そこで画像を撮ったら、10センチの腫瘍が見つかりました。医師は良性だろうと言いましたが、私は少し怪しいなという感じがあったので、セカンドオピニオンをもらいに別の医療機関に行ったんです。