核軍拡競争から核軍縮、そして…

 米国・西欧と旧ソ連・東欧の二陣営が対峙する東西冷戦の時代、ヨーロッパは核軍拡競争の主舞台でした。

 核兵器の開発は先行する米ソを追って、欧州でも独自に進みます。そして英国は1952年、フランスは1960年に核保有国となりました。しかし、欧州の核弾頭に対する信頼度はそう高くなかったようです。

 英仏の核兵器は航空機か射程の短いロケットに搭載するもので、能力は限定的。その間、1957年にはソ連が世界初の人工衛星「スプートニク」の打ち上げに成功すると、大気圏外を飛ぶ大陸間弾道ミサイル(ICBM=Intercontinental Ballistic Missile)の脅威が現実のものになったとして、西側の危機感はさらに広がりました。

 NATO内では、核兵器を持たない欧州の加盟国から、有事の際に米国の核戦力が確実に提供されるよう求める声が強まりました。そこで、米国の核弾頭を平時から欧州に備蓄しておく「核共有」が導入されたのです。核を使用する場合は米国と同盟国双方の同意を前提とするシステムでした。

 安全保障を核抑止に頼る戦略は、深刻な核兵器開発競争を生み出しました。

 核弾頭の運搬手段の開発も急速に進みます。主力は射程500〜5500キロメートルの地上発射型中距離弾道ミサイル(INF=Intermediate-Range Nuclear Forces)。ソ連のSS-20、米国のパーシングIIがその代表格です。潜水艦発射型、戦略爆撃機搭載型、低空を飛ぶ巡航ミサイルなどの開発も進み、1970年ごろには東西両陣営が合計約1万5000発の核兵器を保有し、互いを標的にしてにらみ合う「恐怖の均衡」が出現したのです。

 明らかに過剰な数の核兵器が存在する状況は、冷戦が終結に向かうに従い緩和しました。1987年には米ソがINF全廃条約に署名。1991年にソ連が崩壊すると、東欧諸国やウクライナなど旧ソ連諸国に配備されていた核兵器はロシアが引き取り、核軍縮が進んだのです。

 それでも欧州に核は残り続けました。スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI=Stockholm International Peace Research Institute)によると、2025年1月現在で、ロシアが保有する核兵器は5459基、米国が5177基。フランスも290基、英国も225基の核兵器を保有しています。