東日本大震災から15年、被災3県訪問に込められた「忘れない」という陛下の決意

 ここで改めて注目したいのは、“15年”という時間の重みである。

 復興の現場では、道路や堤防、住宅再建といった「目に見える復旧」は進む一方で、喪失の痛み、地域の担い手不足、産業の再編、そして福島を中心とする原発事故の影響など、「目に見えにくい現在」がなお続いている。

 災害の記憶の風化とは、出来事を忘れることだけを指さない。支援や関心の優先順位が少しずつ落ち、やがて何があったのかさえ、誰も触れなくなっていく──その過程こそが、被災地が最も恐れる風化である。

 だからこそ、天皇皇后両陛下が東日本大震災15年の節目に被災3県を訪問される方向で調整されているという報道は、単なる「お見舞い」にとどまらず、社会の視線をもう一度、長い復興の時間へ戻す力を持つはずだ。

2011年6月4日、東日本大震災の避難所(宮城県山元町)を訪れ、被災者に声を掛けられる天皇、皇后両陛下(写真:共同通信社)

 復興は、被害の規模が大きいほど、生活の再建が長期化する。節目のご訪問は、数字で区切られがちな震災報道に対して、「終わっていない」という現実を可視化する。

 昨年、陛下が戦後80年の節目に、戦没者を悼む場に臨み、原爆犠牲者に祈りを捧げ、戦災の記憶をとどめる施設への訪問も示されたのは、“戦争の記憶”を公共の場に留め直す行動だった。戦争と災害は別の出来事だが、「痛みが時間の中で薄れていく」性質は似通っている。

2025年4月7日、硫黄島を訪問され、戦没者の碑(天山慰霊碑)で献水する天皇陛下(写真:共同通信社)

 陛下が今年、被災地へ向かわれること(調整中)が示すのは、国民の苦楽をともにする姿勢を、時代ごとに問い直し、具体的な行動として積み重ねる意思の表れだろう。

 また、皇后陛下とともに赴かれる点にも、象徴天皇制の現代的な意味を感じる。

 災害の復興はインフラ整備にとどまらず、地域コミュニティの再生といった“暮らしの回復”を含む。両陛下が被災地の人々に寄り添う姿勢を示されることは、被災者と痛みを共有し、復興の時間が社会から切り離されないよう支えるメッセージになり得るのではないだろうか。