過去を懐かしむ年ではなく、未来へ問いを整理する「昭和100年」の誕生日

 陛下は昭和、平成、令和という三つの時代をまたいで生きてこられた。昭和の終盤に育ち、平成の長い停滞と社会の変化を経験し、令和に即位された。その歩み自体が「記憶の段差」を埋める存在なのだ。

 昭和100年とは、過去を懐かしむ周年ではなく、次世代へ渡すべき“問い”を整理する年である。戦争の記憶をどう語り継ぐか。災害の経験をどう教訓化するか。繁栄の物語の背後にある努力や痛みをどう伝えるか。その一つ一つが、未来の社会の質を決めていく。

 それは、政治の側にも同じ問いが突きつけられている。政権は選挙で強い基盤を得たとしても、昭和世代が「豊かさ」と引き換えに抱え込み、いまの社会の閉塞感の一因となっている諸問題は、もはや先送りできない。

 天皇誕生日は、政治的な争点を競う日ではない。だが、国のあり方を静かに点検する日にはなり得る。

 陛下が示されるのは、「忘れない」ことの倫理であり、「苦楽をともにする」ことの実践だ。戦争の記憶が薄れ、災害の記憶も風化し、社会の速度が増すほどに、象徴が果たす役割はむしろ重くなる。

 昭和100年の66歳――それは、過去を抱え、未来へ橋を架ける「現在」の重みを、私たちに思い出させる誕生日なのである。

2025年7月、モンゴルを公式訪問された際の天皇陛下(写真:共同通信社)