――赴任先の広島から沙也香さんの夫・友太(ゆうだい)さんが到着されたのは夜でしたね。

水川 ようやく家族が全員そろったところで、改めて医師から説明を受けたのですが、子宮を摘出したと聞かされたときに友太君が、「子宮を摘出っていうことは、今後、妊娠ができないっていうことですよね」と質問しているのを聞いたときには、本当に可哀想で……。そのとき彼はまだ、沙也香が助かると思っていたのでしょうね。

 結局、集中治療室だと付き添いができないので、病院側の配慮で一般病棟に移され、家族が常にそばにいられる状態にしていただきました。そして2日後、沙也香は息を引き取ったのです。

医療スタッフが総力を挙げて救ってくれた日七未ちゃんの生命

――美香さんから、生まれたばかりの日七未ちゃんのお写真を送っていただきましたが、そのときの状況をお聞かせいただけますか。

水川 緊急の帝王切開で取り出された日七未は、すぐにNICU(新生児集中治療室)が設備されている病院に移送されることになりました。私はそれまで、日七未のほうはなんとか安定した状態にあるんじゃないかと、心のどこかで思っていたのですが、そうではありませんでした。

 生死をさまよう沙也香の側を離れたくはなかったのですが、私が急遽、日七未に付き添うことになり、看護部長さんに案内されながら救急車の前で待っていると、保育器に入れられた日七未がエレベーターから降りてきたのです。

――それが日七未ちゃんとの初めての対面だったのですね。

水川 はい。救急車にはすでに移送先の病院から駆けつけてくださった担当の先生が乗っておられて、日七未に付き添いながら搬送してくださることになっていました。

――病院同士で連携されたのですね。

水川 そうです。それで私が救急車に乗り込もうとしたら、その医師が私の目をしっかりと見て、「お母さん、大丈夫ですよ。僕に任せてください。できる限り手は尽くします、頑張りますので!」とおっしゃったのです。そのとき、一緒に救急車に乗り込まれた看護部長さんが、「お母さん、携帯持ってますか?」と聞かれたので、「はい」って答えたら、「貸してください」と言って、生まれたばかりの日七未の写真を急いで撮ってくださいました。

生まれた直後、NICUのある病院へ移送される直前の日七未ちゃん(家族提供)

 私たちにはおっしゃらなかったのですが、日七未がかなり危険な状態だということを察しておられたみたいで、命のあるときにとにかく撮っておいてあげようと思われたのだと思います。

――これがそのときのお写真ですね。少し前までは胎児だったかもしれませんが、一歩外へ出れば立派な赤ちゃん、ひとりの人間です。そして、たくさんの医療者が、日七未ちゃんの命を救おうと、懸命に取り組んでくださっていたのですね。

水川 もう、「なんとしてもこの子の命、助けます」っていう強い気持ちが伝わってきました。

――結局、美香さんは日七未ちゃんの救急車には乗られなかったのですね。

水川 はい、沙也香の命があとどれくらいもつかわからないときでしたので、配慮してくださったのかもしれません。

大学時代はラクロスの選手として活躍した沙也香さん。全国2位に輝いた(家族提供)