「意識が戻ることはない」との医師の言葉で号泣
――事故の連絡を受けられたのは、翌日の午後だったのですね。
水川 はい。主人はすぐに会社を飛び出し、私も車を運転して一宮西病院へ向かいました。途中で電話を入れ、「娘はどういう状況でしょうか」とたずねたところ、看護師さんから、「命が危険な状態です」と言われ、両手の震えが止まらなくなりました。でも、『ここで私が事故を起こしちゃいけない、なんとか冷静に病院まで安全運転で行かなければ』と自分に言い聞かせながら走ったことを今でも覚えています。
――沙也香さんにはすぐに会えたのでしょうか。
水川 病院に着いた当初は、何の情報もないまま待つしかありませんでした。しばらくして産婦人科の担当医が来られて、「出血が止まらないので子宮を摘出します」と私たちに告げ、そのまま手術室に向かわれたことは記憶しています。
その後、脳外科の先生から脳のレントゲンを見せられました。そして、「搬送されてきたときはすでに瞳孔が開いていました。この先、意識が戻ることはないです」とはっきり言われ、再び待合室に帰されました。
事故に遭ったとき、沙也香さんが身に着けていたマタニティバッグ。血がついているのがわかる(家族提供)
――あまりに突然のことで、即座に受け入れられなかったのでは……。
水川 はい、頭の中では「意識が戻ることはない」という言葉がリピートするばかりでした。さらに医師からは、「ここ2日が山場です」と言われました。しかし、“山場”といっても、乗り越えられるという意味ではないと言われ、私はそのとき、自分の中で張り詰めていたものが壊れ、廊下で大声を上げて泣きました。