山一ハガネが製造する「YS BLADES」
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(取材・文:松原 孝臣 撮影:積 紫乃)

シーズン中は競技で、オフはアイスショーで賑わうフィギュアスケート。特に日本人の心を掴むスポーツは、華やかさの裏で、実に多くのプロフェッショナルたちに支えられています。選手のサポートはもちろん、衣装デザイン、スケート靴やエッジの管理、舞台照明やMCなど、スポーツライターの松原孝臣さんが彼らの技術と熱意を伝える連載。今回はスケート界に革命を起こしたブレードを製造する「山一ハガネ」を紹介します。

*「フィギュアスケートを支える人々」(2024年8月30日公開までの一部と今回の記事)と書き下ろしを含む電子書籍『日本のフィギュアスケート史 オリンピックを中心に辿る100年』(松原孝臣著/日本ビジネスプレス刊)が発売中です。

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全日本選手権、男子シングルの約半数が使用

 2024年12月に行われたフィギュアスケートの全日本選手権。男子は30名が出場したが、そのうち実に16名が履いていたのは、日本製のブレード「YS BLADES」であった。その中には優勝した鍵山優真をはじめ、友野一希、三浦佳生ら国内外で活躍を続けるスケーターも含まれる。

 男子に限らない。4組が出場したペアでも、優勝した三浦璃来/木原龍一、2位の長岡柚奈/森口澄士のうち森口、3位の清水咲衣/本田ルーカス剛史のうち本田が使用し、女子でも複数名が用いていた。

 それは象徴的な出来事だった。

 使用する道具が少ないフィギュアスケートにあって、重要なのは靴であり、靴底につけられた「ブレード」と呼ばれる金具だ。スケーティング、ジャンプ、スピン……氷と直に接するブレードは、あらゆる要素において重要な部分であり、選手はブレードの微妙な違いを感じ取り、それが滑りに影響する。

 そのシェアは長らくの間、海外のごく限られたメーカーが独占的に占めてきた。参入の余地などないかのような様相にあった。そこに風穴を開けたことを、使用者の数が示していた。しかも手がけたのは、フィギュアスケートとまったく縁のない企業であることも、興味深い。

 なぜブレードの製造を始めたのか、どのようにしてシェアを広げてきたのか。

 当の企業、山一ハガネを訪ねた。