道具に選手が合わせなければいけないことへの疑問
愛知県の名古屋駅から列車に乗り十数分。南大高駅を降りて1キロ強の道のりを進んだ先に、大型トラックの出入りできる広々とした門がある。その向こうにはオフィス棟や工場が並んでいる。
山一ハガネである。強度や硬さなど特殊な性質を持つさまざまな種類の特殊鋼を販売するほか、加工や熱処理なども行っている。
フィギュアスケートとのかかわりはなかった。同社がブレードの開発・製作へと足を踏み入れたきっかけは、バンクーバーオリンピックに出場するなど日本代表として活躍した小塚崇彦との出会いにあった。
小塚は、ブレードにいくつもの問題があることが気になっていた。一つは耐久性の低さ。よりブレードに負荷がかかる男子の上位選手の場合、1、2カ月程度しかもたないと言われている。しかも練習中ならともかく、国内外の大会で、ブレードの破損により試合の棄権を余儀なくされるケースがいくつもあった。まさに演技直前に壊れて棄権した選手もいた。
また、ブレードは三つのパーツを溶接してできているが、同じメーカーの同じラインナップの製品でも溶接位置が微妙に異なることは珍しくなかった。同じものであるはずなのに滑り心地が変わるため、「道具に選手が合わせなければいけない」状況があった。
それらに疑問を感じ、小塚は「国内でつくれないか」と考えた。そして山一ハガネの高い技術力を知り、つてをたどり相談するに至った。
山一ハガネはそれを引き受け、2013年、開発がスタートした。