文=松原孝臣 撮影=積紫乃
自分と向き合う時間が持てるスポーツ
「まさか自分がアスリートになるなんて思っていなかったです」
スポーツクライミング・パリ五輪代表、森秋彩は言う。
子どもの頃、決してスポーツを得意としていたわけではなかったと付け加える。
「フットサルをやっていたり、水泳とか卓球とかちょこちょこやっていたんですけど、あまり運動は得意じゃなかったです。駆けっこもいつもびりだったりして、動物の飼育員さんとか、いわゆる女の子が憧れるような職業につきたいと思っていました」
そんなとき出会ったのが、クライミングだった。きっかけは小学1年生の頃、父にジムへと連れられたこと。以来、ホールドのちりばめられた壁を登りながら、やがて森は大会で好成績を残し台頭していった。
「運動が得意じゃなかった」中で、クライミングに対する適性があったのだろう。
何よりもクライミングに打ち込む力として大きかったのは次の言葉にある。
「木登りとかジャングルジムとか好きだったんですけど、木登りとかしたら怒られます。ジムだったらいくらでも登っていけて、ただただ楽しく登ることができました」
楽しかったからこそ、練習にも熱心に励んだ。
やがてクライミングは、森の中で重みを増していった。
「自分が他の子より登れたとか才能があったとかはまったくなくて、すごい出会いだなと思います。居場所が増えたという意味でも大きかったです。その実感が湧いてきたのは最近ですが、小学校の頃は家族か学校かの二択だったのが、放課後にお父さんと一緒にジムに行くというのが一つのルーティンというか日常になりました。生活に変化を与えてくれて、自分にとってはなくてならないものになっていきました。
他の誰かと競うというより、自分の成長を自分がいちばん感じられて、自分と向き合う時間が持てるスポーツというのがクライミングだと思います。自分と向き合う時間ってばたばたしているとなかなかないと思いますけれど、私はクライミングをやることで自分とも会話できている感じがして好きです」