文=酒井政人
自己ベスト74番目の赤﨑がトップ集団を引っ張った
パリ五輪の男子マラソンは〝世代交代〟を感じさせるレースになった。世界大会のトラック種目で8つの金メダルを獲得しているケネニサ・ベケレに続いて、マラソンで五輪を連覇中のエリウド・キプチョゲが前半で遅れだす。高低差156mの「史上最難関コース」がレジェンドランナーの前に立ちはだかった。一方でサプライズともいえる快走を見せたのが赤﨑暁(九電工)だ。
出場した81人のなかで自己ベスト74番目の選手が厳しい上り坂を力強く駆け上がる。中間点を過ぎた後の緩やかな下りでは、自ら先頭に立ってトップ集団を引っ張った。
28㎞過ぎからの強烈な上り坂は、「ハムストリングスがちぎれるくらいきつかった」が、終盤も粘り抜く。難コースのパリ五輪で自己ベスト(2時間09分01秒)を大きく更新する2時間07分32秒で6位入賞。メダルまで32秒差だった。
赤﨑はレース直後のインタービューで、「超楽しかった。最高です!」と興奮気味に話したが、帰国後の会見では冷静にレースを振り返った。
「この3カ月間、MGC同様にしっかり練習できましたし、自信を持ってレースに臨むことができました。その結果が6位入賞と自己ベストになったと思います。29㎞付近の急激な上り坂でダメージが来て、集団から離れてしまったんですけど、最後の方は入賞圏内で我慢できた。これまでの練習の成果を発揮できたのかなと思います」
順位、タイム、レース内容。そのすべてで日本のファンを熱くさせるものがあった。ただ本人は世界との差を感じているという。
「6位ではありましたけど、終盤はメダル争いの集団に対応できなかったことを考えると、自分はまだまだかなと思います。でも、これまでやってきたことは間違っていないと感じましたし、このままやっていけばいいだろう、という自信になりました」
今後のレースについてはまだ決まっていないが、来年9月に開催される東京世界陸上を視野にいれながら、レースを選択していくことになる。
「東京世界陸上は2時間06分30秒という参加標準記録がありますし、今後は日本記録(2時間04分56秒)の更新を目指していきたい。今回、6位入賞はしましたけど、自己ベストの2時間07分32秒は日本でも特別速いわけではありません。今後は他の選手から追われる立場になるのかもしれないですけど、僕はまだそんなに上だと思っていないので、上に立てるのは日本記録を出したときかなと思います」
トラックでは度々、スピード感あふれる走りを見せてきた赤﨑。パリ五輪入賞の自信を胸に、次は高速レースでの〝大記録〟を期待せずにはいられない。
不安を抱えながらも冷静に力強く駆け抜けた鈴木
パリ五輪のフィナーレを飾った女子マラソンでも日本勢が活躍した。昨年10月のMGCを制した24歳の鈴木優花(日本生命)だ。
「道が非常に狭い印象があったので、押し合ったりして、無駄に疲労したくないと思い、後ろから様子を見ながら走りました」と序盤はトップ集団を後方から追いかけるかたちで進む。そして15㎞付近からの上り坂でグイグイ上げてきた。14秒あった差を1㎞ほどで詰め寄り、先頭集団に加わったのだ。
28.5㎞からの急激な上り坂でレースが動き、後半は先頭集団の5人を追いかけるかたちになった。38㎞付近で先頭とは100mほどの差。終盤、メダルの夢は遠のいたが、鈴木は五輪史上最も美しく最も過酷なコースを自己ベストの2時間24分02秒で走破。大健闘ともいえる6位入賞を果たした。
「初めてのオリンピックに向かうなかで故障もあって、心身とも余裕のない状態が続いていたんです。でも、全力を出せたらそれでいいかなと思うぐらい気持ちが吹っ切れて、レースに臨むことができました。すごい坂があって、その対策も十分とはいえないけどしてきて、最後までしっかり走り切れたのは練習の成果が出たのかなと思っています」
元気一杯の快走とゴール後のまぶしい笑顔の裏には、押しつぶされそうなくらいの不安を抱えていた。そのなかで家族や恩師が現地まで応援に駆けつけ、給水所では日本代表選手の姿もあった。沿道の声援が大きな力になったという。
「応援が途切れなくて、非常に背中を押してもらえたかなと思います。皆さんに喜んでもらいたいなという気持ちが湧いてきて、何度も上り坂できつくなったんですけど、脚を動かすことができたんです」
最もきつかったのは最大勾配13.5%の「28.5㎞からの急坂」で、もう一度同じコースを走りたいか? という質問には、「正直、いまはもうお腹一杯かなと思います」と苦笑いした。
MGCに続いて、ペースメーカーのいないレースで自己ベストを更新した鈴木。パリ五輪という大きな舞台で結果を残したが、世界との差は小さくないと感じているようだ。
「今回は起伏のあるコースだったので世界との差が埋まったかどうかわからないですし、高速レースでは全然歯が立たない。自分はスピードがないので、スピード持久力だけでなく、瞬間的にレースが動いたときにしっかりと対応できるようにしていきたいと思います」
もともと2028年のロス五輪を大きなターゲットとして、山下佐知子エグゼクティブアドバイザー兼特任コーチと長期計画でマラソンに挑んできた鈴木。来年の東京世界陸上を経由して、大本命となるロス五輪に向かうストーリーを描いている。
「東京世界陸上はまだ参加標準記録を突破していませんが、思い切ったレースを地元開催の大会で表現できたらいいなと思っています。それから、いまよりもずっとずっと強くなってロス五輪に挑みたい」
花の都を沸かせた日本人ランナーはまだまだ進化していくことだろう。