文=酒井政人
日本記録保持者・前田は右大腿骨疲労骨折で欠場
パリ五輪の最終日を飾るのが女子マラソンだ。花の都の名所をめぐる「五輪史上最も美しく、最も過酷なコース」に日本勢が挑む。レース3日前の記者会見。日本記録を保持する前田穂南(天満屋)はいつも通り、穏やかな口調で現在の状況を語っていた。
「身体の状態はだいぶ疲労がたまっていて、いま抜けていっている状態になります。スタートラインにいい状態で立って、自分の最大限のパフォーマンスを発揮して最後まで走り切りたいと思います」
東京五輪は33位と実力を発揮できなかっただけに、前田はパリ五輪でのリベンジに向けて静かに燃えていた。しかし、「右大腿骨疲労骨折」のため欠場することになった。
前田は7月31日の練習で右大腿部付根付近に張りを感じたが、強い痛みでなかったため、チームドクターに連絡をとりながら練習を続けていたという。8月6日にチームドクターの診断とレントゲン検査を行い、8月7日にエコー検査を実施するも、大きな所見は確認されなかった。
その症状が改善されないため、8月9日にMRI検査を行ったところ、「右大腿骨疲労骨折」との診断を受けて、パリ五輪を欠場するジャッジを下した。すでに補欠解除指定日(8月2日)を過ぎているため、補欠選手との入れ替えはない。パリ五輪には一山麻緒(資生堂)と鈴木優花(第一生命)の2人のみが出場することになった。
東京五輪8位の一山は「海外選手に食らいついていきたい」
前田と同様、東京五輪を経験しているのが一山麻緒(資生堂)だ。しかも8位入賞を果たしている。当時、24歳だった一山には〝明るい未来〟が見えていた。しかし、この3年間は苦しい時期もあったという。
「東京五輪で手応えを少し感じて、またフレッシュな気持ちで、順調に練習に取り組めると思っていたんです。でも走りの感覚がちょっと狂ってしまったこともあって、もどかしさや葛藤があるなかで過ごしてきました。何度もあきらめそうになったんですけど、『パリ五輪をいい状態で走りたい』という気持ちを切らさずに、ここまで来られた。忍耐強さは東京五輪のときよりもついてきているんじゃないかと思います」
マラソンの自己ベストは更新できていないが、一山は確実に強くなっている。パリ五輪に向けては、米国コロラド州ボルダーなどで約2カ月の高地合宿を実施。高低差156mの難コースを攻略するために、アップダウンを徹底的に走り込んできた。
「ポイント練習は平坦ではなく、大きなアップダウンがあるコースでも走りましたし、微妙な傾斜があるコースでもやってきました。ほとんど毎回アップダウンの練習はしてきたので、15㎞から始まる上り坂に耐えて、海外選手にどこまで食らいついて走れるのか挑戦したい。東京五輪のときよりいい順位でゴールできたら、それは一番うれしいなと思います」
男子マラソンの日本記録保持者である夫の鈴木健吾(富士通)からは「パリを楽しんできてね」と声をかけられたという一山。「元気な状態」でスタートラインに立って、花の都でのレースを楽しむつもりだ。
鈴木は不安を吹き飛ばして、「楽しんでレースに臨みたい」
MGCを制した鈴木優花(第一生命)も一山とほぼ同じ時期にボルダーで高地合宿を行った。「2カ月ちょっとの期間でできる限りのことはしてきました。そこまで崩しているところもないですし、問題なく、ここまで来ることができています」と体調面はまずまずのようだ。ボルダー合宿ではアップダウンの練習を重点的にこなしたことで、下りの走りもスムーズになった。しかし、不安もあるという。
「練習はできる限り積んできたんですけど、不調が続いていたこともあって、正直なところ走ってみないとわかりません。そのなかでも一番の目標は8位入賞することです。流れのなかでしっかり自分の判断をして、冷静にレースを進めたいと思っています」
昨年10月に日本代表が内定した後、「選手として自信を持てない」と悩んだ時期もあり、「自分と向き合う時間」を大切にしてきたという。メンタル面でも大きな成長を遂げた。
パリ五輪が初めての世界大会となるが、24歳の鈴木は未経験の舞台をポジティブにとらえている。
「レース当日、海外選手の雰囲気やオーラを感じると思うんですけど、その気迫を逆にもらう気持ちでいきたいです。経験が少ないからこそ、楽しんでレースに臨みたいと思っています」
MGCのように元気一杯の走りを見せてくれるだろう。
パリ五輪は「史上最難関」と呼ばれるコースだが、男子は2時間06分26秒の五輪新が誕生するなど〝高速レース〟になった。そのなかでも日本勢は赤﨑暁(九電工)が大健闘といえる6位入賞(2時間07分32秒の自己ベスト)を果たしている。
女子マラソンのスタートは日本時間の8月11日15時00分(現地8時00分)。男子に続いて、日本勢の活躍を期待したい。