2024年に創業220周年を迎えた有田焼の窯元「アリタポーセリンラボ」が同社の最高級ブランドとして「七代松本弥左ヱ門」を発表。同ブランドからの最初の商品群とし『ゴールドイマリ" モノリス"』シリーズの販売を開始した。7代目に代替わりして以降、実用性の高い器を中心に有田焼の概念に変革をもたらしてきた同社が、美術品としての有田焼の世界にも変革を仕掛ける。
有田焼のイノベーター
美食の世界での中核的な価値は、もちろん食べるものの味であり、香りであり、見た目ではあるだろう。ただ、世界最良の料理人たちを並べて、その技術や知識の優劣を決めるのは容易なことではなく、また世界最良の食材には限りがあるもの。ゆえに、世界最高峰の美食は、時に収斂進化的な様相を帯びる。
最高と最高がしのぎを削る世界。料理人の職人技術だけでは巨大な差をつけられない世界において、食以外の要素は極めて重要な価値の発生源となる。ホールのスタッフの洞察力、ソムリエの所作、音、料理や部屋の温度、そして器の良し悪し。
アリタポーセリンラボはそういう世界で評価される器のブランドだ。
ということを、私はこのほど、あらためて痛感した。
有田焼は1600年代初頭に佐賀県の有田と呼ばれる地域で誕生した日本の磁器で、1650年以降にオランダ東インド会社が購入しはじめたのがきっかけとなって人気商品化し、その器が出荷された伊万里港の名をとって伊万里として中東・ヨーロッパに広まった。
そもそもユーラシア大陸に近い九州は文化のるつぼ的な地だと私は常々感じているけれど、有田焼はその最初期段階から日本文化だけでなく朝鮮半島や中国の文化の影響を受けている。このインターカルチュラルなありようが有田焼が国内のみならず海外にも広まった要因のひとつではないかと私は考えるけれど、ヨーロッパでフォロワー的な磁器が誕生したのと同様に、有田焼の方も様々な文化の影響を受けて変化していった。
そういう多様性、柔軟性のあるものづくりが、いつの間にか自らを鎖国化し、固定化して精彩を欠いたものになっていく、というのは伝統産業には残念ながらままあることだけれど、こと松本弥左ヱ門に関して言えば変化を恐れない勇敢な一族で、有田最大級の有田焼メーカーながら倒産寸前という危機的状況から7代目当主に就任した現在の松本弥左ヱ門は、自社を復活させただけでなく、有田焼の景色を変えてしまった。
彼は1804年から有田焼に関わる同社の伝統の職人技、吉祥文様をはじめとした有田焼を有田焼たらしめるデザイン要素を踏襲しながらも、この表現を変え、マットな質感、少ない色数によって一気にモダンラグジュアリーの世界に有田焼を返り咲かせた「JAPANシリーズ」を皮切りに、自社内に設立した「アリタポーセリンラボ」というブランドから数々の「コンテンポラリーな有田焼」を生み出し、有田焼が決して博物館で埃を被っているべき過去の遺物ではないことを世界中の目利きを魅了することで証明してみせた。
食の世界の最高峰がこぞってその製品を求めただけでなく、有名シェフとのディナーイベントまで実現し、ゲラン、ラデュレといった世界的ブランドに向けた器の製造も手掛ける。さらに、北野武、佐藤可士和、KEN OKUYAMA、小松美羽といった面々とのコラボレーション作品も発表(しかも小松美羽とのコラボレーション作品は大英博物館に永久所蔵されている)。
ここまでの活躍でも7代目松本弥左ヱ門は有田焼中興の祖としてその名が歴史に刻まれることはすでにほとんど間違いないけれど、彼はまだ現役真っ最中。
その挑戦は、初代が弥左ヱ門窯を興してから220年経った現在も止まることはない。
美術品としてのアリタポーセリンラボ
新たに発表されたのは七福神をイメージして生成AIが出力した形をベースに作成したという実質的には一点ものの作品群。形状が直線的なことからモノリス(モノは唯一、リスは石を意味する)と名付けられている。
様式は金蘭手古伊万里様式という1700年ごろに江戸の富裕層や欧州貴族に愛された絢爛豪華なものをベースにしているけれど、この様式の有田焼は5代目松本弥左ヱ門が「ゴールドイマリ」というブランド名で1950年代から北米・欧州向け輸出していたことを受け、こちらも「ゴールドイマリ」を名乗り、アリタポーセリンラボ内に新設された最上位ブランド「七代松本弥左ヱ門」に属するとされている。
結果、名称は「七代松本弥左ヱ門 ゴールドイマリ" モノリス"」。
正確な曲線や直線は型で作る有田焼ならではのものだけれど、こうまで複雑な多面体は独自の技術が実現したもので、3Dデータから石膏型を作成するという。一つの型だけでは実現しない形状は、複数の型で作った磁器を独自の技術で接続している。この技術的達成に、職人の手作業で、色をつけ、縁起の良い文様を描いている。文様は伝統的なものだけれど、色は多色を避けているし、千鳥、唐獅子、兎といった動物たちはコミカルで可愛らしいデザインにアレンジされている。
さて、プレスリリースにはこんな言葉がある。
「(5代目の生み出したゴールドイマリは)現在では貴重な歴史資料として数々の美術館に所蔵されており、その様式を現代美術の観点から復刻し、現代に調和する作風へアップデート」したものが「ゴールドイマリ" モノリス"」である。
これまでアリタポーセリンラボのアーティスティックな品は、食、絵画、彫刻など、ジャンルは様々でもアーティストとのコラボーレーションで発表されてきた。しかし今回は単独作品。しかも、これらは花瓶ということになってはいるものの、皿や茶碗といったレベルの生活の道具ではなく、空間に置き、有田焼そのものを楽しむためのものだ。
ピュアで妥協のない、不断の革新を追い求める職人たちの現時点での到達点、最新の表現。観賞用、装飾品、美術品として現在流通する有田焼の中に、こんな形をした、こんな絵柄の、こんな色の有田焼を見ることはないだろう。松本弥左ヱ門とその職人たちは、美術品としての有田焼に一石を投じたのはもちろんのこと、有田焼の職人というタイトルはモダンアートの世界でも通用すると信じているのだ。