写真はすべて「KYO AMAHARE」の商品。撮影:瀧本加奈子(表記のないものは著者撮影)

個展に徹夜の行列もできる、作家ものの「うつわ」の人気とは?

うつわと聞いて信楽や備前なんかの素朴な土産物や、有名磁器メーカーの贈答品の洋食器を思い浮かべる人、そして陶芸家と聞いて作務衣を着たおじさんを思い浮かべる人は、だいぶアタマが古すぎる。

今やうつわ作家はアーティスト。個展には、徹夜の行列ができることも珍しくない。SNSで多くのフォロワーを持ち、海外のファンやバイヤーへの対応に追われる作家もいる。若手を中心にした彼らの手がける「作家もののうつわ」の人気は、日本の長い陶芸史の中でも、ひとつの大きなエポックだ。

微妙な釉薬の色と、シルキーな手触りが心地よい安藤由香の作品(写真提供:KYO AMAHARE)

知ってる人は知ってるが、多くの人は気づいてもいないこのトレンド。日本のうつわの世界に何が起きているのか。ちょっと振り返ってみよう。

作家たちの自己プロデュースで進化した、日本のうつわ

昭和の時代、家庭の食器は百貨店か荒物屋で買うものだった。たとえば「どんぶり」のように、盛る料理を限定したり、「夫婦茶碗」のように使い手も限定するような、ちょっと自由度の低い道具だったかもしれない。自分でうつわを選んで料理するなんてことは、一部のお金持ちか趣味人のやることで、家庭には海外の名窯の、またはそれをコピーした贈答品の洋食器や、国内旅行ブームで大量に流通した地方のやきものが土産物として入り込んだ。昭和のユーザーは、うつわに受け身だった。

衣食住のデザインに意識が高まった80年代から、昭和テイストのうつわーー花柄のカップや、窯元の量産品のやきものが、生活空間と不協和音を奏で始めた。ユーザーも、そして陶芸家も「欲しいうつわがない」と、感じてはじめていた。

90年代はじめに「欲しいうつわがないなら、作ろう」と、内田鋼一(四日市:1969―)や安藤雅信(多治見:1957―)のような個人作家が活動し始めた。当時、陶芸界は徒弟制度が根強く、若手に個人表現の余地はなかった。販売は通常、卸を通すものだった。それを「作家自らがギャラリーで自分の作品を売る」という、新しい発表と流通のスタイルを模索し始めた。オブジェ作品ではない、実用のうつわの展覧会をしてくれるギャラリーも当時はほとんどなく、発表の場も作家自身が開拓していった。安藤は、自ら古民家の展示スペース「ギャルリももぐさ」を立ち上げている。

同じ気持ちのユーザーは多かった、若手作家たちは「欲しいうつわ」を、長野の「クラフトフェアまつもと」をはじめ、各地のクラフトフェアやマルシェでも出品し始めた。作家のファンも増え、その中には、好きが高じて「うつわギャラリー」をオープンする人も現れた。

うつわブームをリードした雑誌。今や書店には、うつわと料理のコーディネイト指南書のコーナーができている

SNSがやきもの作家をアイドルに、うつわ展に行列をつくった

ブームに拍車をかけたのが、ライフスタイル系メディアのうつわ特集だ。『Discover Japanうつわ作家101人の仕事』(2012)、『カーサブルータス 行列のできるうつわ作家』(2018)は、ブランド品やファッション、グルメ情報と同等にうつわ作家とその作品をフィーチャーした。芸能人やインフルエンサーがお気に入りうつわ作家をSNS上で推して人気に火がつき、個展に行列ができる現象も起こった。

そんなうつわカルチャーのショウケースを紹介したい。

日本の工藝とその延長にあるアートを融合させながらプレゼンテーションする、京都に2023年にオープンした、「KYO AMAHARE」だ。

うつわだけでなく、テーブルウエア全てを作家作品でコーディネイトできる、「KYO AMAHARE」の品揃え

京町家を改装した店内は、職人技とモダンデザインによってリノベーションされている。1階は日用のうつわから茶道具や懐石を意識したうつわを展開。茶碗、皿からカトラリーまで、素材も様々なテーブルウエアが並ぶ。

アートギャラリーでのインスタレーションのようなうつわのディスプレイ
作家 中根 楽のうつわ。リムの立ち上がりのない皿は、置いた料理をキャンバスのように映させる。球体の花入は、花がなくても飾って楽しい

2階は工藝の延長にあるアート作品を展示する畳敷きのスペースだ。

景色盆栽作家、小林健二氏の景色盆栽と木工ユニット作家Shimoo Designによるプレゼンテーション(撮影:瀧本加奈子)

30名ほどの取り扱い作家の作品を常設展示。定期的に展覧会も開催し、訪問するたびに、現代の日本の工藝とうつわカルチャーの多彩さが体感できる。

Shimoo Designの独自技法「浮様(ふよう)」仕上げによる作品(写真提供:KYO AMAHARE)
黒谷和紙作家・ハタノワタルの工房「紙漉キハタノ」のテーブルウエア(写真提供:KYO AMAHARE)
金沢市出身、金属を素材にカトラリーやジュエリー、茶道具などを制作する竹俣勇壱(写真提供:KYO AMAHARE)

「雨晴」は、東京・白金台のショップだが、パンデミック期に海外からの問い合わせが増え、そのニーズに応えるべく、訪日外国人の多い京都に「KYO AMAHARE」をオープンした。

朝11時のオープンとともに来客がどっと訪れるが、多くは外国人だ。空間ごとスタイリッシュに演出されたうつわに、日本の現代の生活文化を感じ、目を輝かせている。

茶道具は、海外の顧客にも人気。座って点前ができるShimoo Designの立礼卓は、インテリアとしてもクールだ

使って作品を品定めできる、ティーサロンも併設

KYO AMAHAREのコンセプトを実体験できる場も併設されている。

「茶房 居雨」は、蔵を改装したティーサロンで、茶と菓子、酒を、ショップで扱う作家作品で出す。インスタレーションのような非日常的な空間の中で、うつわ一つが、日常の茶飯の風景を激変させるのを見ることができるだろう。

ベルガモットの香りの道明寺みぞれ羹。菓子皿はガラス工房「フレスコ」のもの。販売もしている(撮影:瀧本加奈子)
季節によって内容が変わる菓子。菓子箱はShimoo Designの作品。販売もしている(撮影:瀧本加奈子)

「うつわは料理の衣装」と、北大路魯山人は言ったが、その100年後にうつわが自己表現のツール、生活のアートとなり、現代のカルチャーとして海外に向けて発信されるようになることは、想像しなかっただろう。

「居雨」の名と概念を雨晴が創出。福岡にある茶酒房「万 yorozu」の茶司德淵卓さんがその想いを汲んで雨を感じる空間や演出、おもてなし、お品書き等を監修。要予約(撮影:瀧本加奈子)