2024年3月に開催された、第8回横浜トリエンナーレのテーマは『野草:いま、ここで生きてる』だった。混迷する時代を乗り越える表現の力への希望を、たくましく生き延びる小さな力に重ねている。美食の世界でも、この野草が注目を集めている。
「世界一のレストラン」が「野草」にスポットライトを当てた
ガストロノミーの世界でも「野草」への注目度は高まっている。
「世界一のレストラン」といわれたデンマーク、コペンハーゲンのレストランnoma(現在は店舗営業を終了)は、食材の乏しい北欧で“地産の食材縛り”のイノベーティブな料理を創造した。柑橘類の代わりに蟻を酸味料として使うような奇抜さも注目されたが、シェフのレネ・ゼネピと専門のフォリジャー(採集者)が足と手で採集した野草やきのこ、常在するバクテリアの力を借りた発酵食品をフィーチャーしたことが、美食界のゲームチェンジャーとなった。
環境志向の強いいま、遠方から珍味を取り寄せることは褒められた贅沢ではない。それに代わって、「その季節、その土地ならではの味の発見」(かつ、その場に食べに行けるゆとり)こそ贅沢。そんなエコでエシカルな意識がデスティネーションレストランのブームを牽引する。このトレンドの中で、野草はテロワールを象徴する稀少食材だ。
ミシュランシェフや五つ星ホテルのダイニングに野草を届ける「野草のバカボン」!?
ところで、「野草」とは何か? 一般に市場に野菜として出回るもの以外が、山菜、野草と呼ばれている。しかし明治時代ごろまで、山菜を含めた食用の草本は全て「野菜」とされ、栽培作物を「蔬菜(そさい)」と呼んでいた。食べられる野草の種類は、いま日本に約1,200種あるそうで、中には野菜の原種も多い。山の植物を食べる習慣も知恵も流通もなくなったことで、野草と野菜は、別のものになってしまった。
その分断をつなぐのが、京都の北、大原をホームとする「野草のバカボン」こと福永重孝さんだ。
最初は個人的に野草を採集して楽しんでいたが、12年前から大原の朝市で小売をし始めた。料理人からの問い合わせが増え、現在ではミシュラン星付きレストランも含む、50軒以上の飲食店に野草を納品している。
「野草は、好きだからやっている。儲けたいとも思わないし、自分でとれる分だけしかとってない」と言うが、料理人からの信頼はあつい。nomaが2023年に2か月間、京都でポップアップレストランを開催した時、メニューの主役となる野草を、シェフの求める種類とサイズで毎日120食分以上、納品して、nomaの世界観を支えた。
京都の北、大原にある「野草の聖地」
採集は、土地の所有者の許可を得て、大原の山や田畑のそばで行う。「一番多い時期で、150種類くらいは採れるかな」。日々、芽吹いてゆく膨大な品種と量の野草を、記憶を頼りに摘み集めるのは、まさに職人技だが、時に、鹿に先を越されてしまうこともある。それを怒るどころか「鹿さんはグルメなんですよ」と、野草ハンターの“同志”のハナの良さを感心する。
「鹿さんも、命がけで食べものを探しているんだから、“獣害”なんて言い方は、ちょっとおかしいな」
“野草目線”で見ると、野山の景色は、違って見える。
食のプロたちが60種以上の野草・藁からとったスープを試食
バカボンさんは「料理人の力で、野草のおいしさを、広めてほしい」と、しばしばプロ向けに野草の勉強会を開いている。
5月のある夜、京都市内のレストランの閉店後のテーブルに約60種類以上の野草が山のように積み上げられた。ナヨクサフジ、カキドオシ、カタバミ、ハルジオン‥‥。ラベルに書かれた聞きなれない名前を、集まったフレンチ、イタリアンのシェフ、ソムリエなどが物珍しそうに眺めている。
「名前は覚えられられなくてもいいから、まずは食べてみて。舌が覚えるから」
一見、雑草である。皆、神妙な面持ちだったが、食べてみれば、話は早い。イタドリやスイバは噛むとほのかな酸味がある。強い臭気のドクダミは、ニラと一緒に口に含むと肉のようなコクを感じる。この“クセ”は、植物が野菜へと品種改良される過程で嫌われて排除されたものだが、個性的な食材を探し求める料理人には魅力でしかない。鮎に苦い蓼酢を合わせるような野草ペアリングが、無限に生みだせそうだ。