7月3日発行の新紙幣に葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》の図柄が採用。これを記念した展覧会「北斎グレートウェーブ・インパクト―神奈川沖浪裏の誕生と軌跡―」がすみだ北斎美術館で開幕した。

文=川岸 徹 撮影=JBpress autograph編集部

葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》天保2年(1831)頃 大判錦絵 すみだ北斎美術館(前期)

国内外で愛され続ける「Great Wave」

 世界で最も知られている日本の絵画。それは葛飾北斎「冨嶽三十六景」シリーズの一図《神奈川沖浪裏》だろう。フランスの画家アンリ・リヴィエールが「冨嶽三十六景」に感銘を受けて「エッフェル塔三十六景」を制作した、ドビュッシーが《神奈川沖浪裏》にインスピレーションを受けて交響詩《海》を作曲したなど、西洋へ与えた影響をはかり知るエピソードは数知れず。アメリカの雑誌『LIFE』が1998年に選定した「この1000年で最も偉大な業績を残した世界の100人」に、葛飾北斎は日本人でただ1人選ばれている。

 海外では「Great Wave(グレートウェーブ)」の呼び名で親しまれる《神奈川沖浪裏》の評価は近年も高まるばかり。2023年に競売大手のクリスティーズがニューヨークで開催したオークションで、《神奈川沖浪裏》は276万ドル(約3億6200万円)で落札された。

「絵画1点に100億円を超える値が付く時代に、3億円台は珍しくないのでは」と感じる人もいるかもしれないが、《神奈川沖浪裏》は「錦絵」と呼ばれる多色摺の浮世絵木版画。江戸時代に8000枚ほど刷られ、今も約200点が現存するといわれている。そのうちの1枚に3億円以上の値が付くのは、前例のない出来事である。

 そんな《神奈川沖浪裏》は今年7月3日に一新される新紙幣のデザインにも採用されている。近代日本医学の父・北里柴三郎の肖像画があしらわれた千円券の裏面。浮世絵の図案が紙幣に使われるのは初めてのことだが、国内外での浪裏人気の高まりを考えればごく自然な成り行きといえるだろう。

 この新紙幣への採用を機に企画されたのがすみだ北斎美術館で開幕した「北斎グレートウェーブ・インパクト―神奈川沖浪裏の誕生と軌跡―」展だ。葛飾北斎や「冨嶽三十六景」をテーマにした展覧会はこれまで幾度となく開催されてきたが、今回は《神奈川沖浪裏》に絞った内容。《神奈川沖浪裏》誕生の背景や同時代・後世に与えた影響を探っていく。

 余談になるが、本展の開会式ですみだ北斎美術館の澁谷哲一館長が「浪裏(なみうら)がついに札裏(さつうら)になるんです」と駄洒落を披露した。公式な式典の中、不意をつかれて思わず笑ってしまった。世界的人気作《神奈川沖浪裏》の裏側を、楽しい気分で鑑賞したい。