文=酒井政人 

2024年6月28日、日本選手権、男子400mハードル決勝を制した豊田兼 写真=YUTAKA/アフロスポーツ

昨年は110mハードルで学生世界一

 日本陸上界にスケールの大きな〝二刀流アスリート〟が登場した。110mハードルと400mハードルをこなす豊田兼(慶大)だ。高校時代から注目を浴びた逸材はケガに苦しみながらも、大学で確実に成長した。

 ハードルの高さは男子110mが106.7㎝、同400mが91.4㎝。両種目とも10台のハードルを跳び越えていく。トップ選手の場合、110mは全員がハードル間を3歩で刻む。一方、400mはハードル間を13~15歩で進むが、身長195㎝の豊田は長いストライドを生かして、8台目まで「13歩」で攻め込み、残り2台を「15歩」でカバーするスタイルだ。

 昨季はワールドユニバーシティゲームズの男子110mハードルで金メダルを獲得。400mハードルは9月の日本インカレで小川大輝(東洋大)と優勝を分け合うと、10月のアスレチックスチャレンジカップでパリ五輪参加標準記録(48秒70)を突破した。

 

今季は400mハードルで大幅進化中

 今季も〝二刀流〟を貫きながら、400mハードルで大きな成長を見せている。まずは5月のセイコーゴールデングランプリで優勝。自己ベスト(48秒47)を0秒11秒更新する48秒36(当時・日本歴代5位)をマークした。

 昨年2度肉離れをした左ハムストリングスに「不安」があったため、「自己ベストが出るなんて思っていませんでした」という豊田。脚の状態を考えて、前半を抑え気味で入り、終盤にライバルたちを逆転した。

 パリ五輪に向けて、「48秒1台、0台がないと準決勝や決勝には行けないと思うので、タイムも上げていきたい」と話すと、6月下旬の日本選手権でさらに進化した姿を見せた。

2024年6月27日、日本選手権、男子400mハードル予選での豊田兼 写真=松尾/アフロスポーツ

 豊田のパフォーマンスは予選からずば抜けていた。1組を48秒62で走破。レース後、「将来的には47秒台を狙いたいですけど、まずは48秒台1~2台を目指したい」と決勝 への意気込みを語っていた。そして翌日、〝未来のタイム〟を叩き出す。

 優勝すればパリ五輪代表が内定する状況だったが、「前半飛ばすレースを試すタイミングがない」と本番を想定。そして現時点では「100%」ともういうべきレースを完結させたのだ。

 優勝タイムの47秒99は日本歴代3位。日本人では18年ぶり3人目の47秒台突入となった。

「目の前にある山をどんどん超えていく。できないことを潰していくかたちでやってきましたが、ここがゴールではありません。パリ五輪は決勝の舞台に進みたいと思っています。その過程で、日本記録(47秒89)の更新がついてくるようなイメージで調整していきたいと思います」

 

大量の味噌汁持参でパリへ

出国前、羽田空港の会見での豊田兼 撮影=酒井政人

 豊田は羽田空港での出国時会見で改めてパリ五輪の意気込みを語った。

 日本選手権では400mハードルを制した後、110mハードルにも挑戦。予選4組を13秒52でトップ通過するも、ハムストリングスの違和感のため準決勝を棄権している。現在のコンディションはいかほどなのか。

「思うような練習は踏めなかったんですけど、エアロバイクやウエイトをやってきました。でも日本選手権までにちゃんと練習を積んできているので、最後はバランスを調整して、力を発揮するだけだと思っています」

 現在の状態は70~80%程度で、「スパイクは履いていない」という。それでも、「現地に入ってから徐々に上げていきたい」と本番に合わせていく構えだ。

 シニアでは初の世界大会。しかも注目を浴びる存在になったが、豊田は静かに燃えている。

「初めての大舞台で緊張していたんですけど、日本選手権に比べるとチャレンジャーになる。より攻めていかないといけないので、逆に緊張感は薄れているかなと思います」

 父の母国でもあるフランスには何度も訪れたことがあり、今回は「3年ぶりくらい」の渡仏だという。現地の食事には慣れているが、「食事面は日本食が好きなので、味噌汁を大量に持参しています」と笑った。

 そしてパリ五輪の目標については、「まずは予選をしっかりと突破したい。決勝進出を目標にしているので、そういう意味では(準決勝で)自己ベストを出したいと思っています」と話した。

 脚の状態とレースの感覚を取り戻すために、予選は「様子を見ながら」通過して、勝負どころとなる準決勝は「全力を出さないといけない」と考えている。パリでは日本選手権の決勝で見せた攻めのレースを〝再現〟させるつもりだ。

 男子400mハードルは東京五輪で45秒94の世界記録を打ち立てたカールステン・ワーホルム(ノルウェー)、同2位でオレゴン世界選手権でも2位に入ったライ・ベンジャミン(米国)、東京五輪3位でオレゴン世界選手権を制したアリソン・ドス・サントス(ブラジル)が〝ビッグスリー〟と呼ばれている。超人たちと準決勝で激突する可能性は高いが、「前半から食らいついていきたい」と勝負に出る。

 日本の男子400mハードルは世界陸上で為末大が銅メダルを2度獲得しているものの、オリンピックでのファイナル進出は一度もない。将来的には「47秒5台」を目指したいとも話していた豊田。祖国で〝未来のタイム〟を出してしまうかもしれない。