文=酒井政人

男子800mで優勝した落合晃(滋賀学園)※写真は2024年6月30日、日本選手権、男子800mに出場する落合(中央) 写真=YUTAKA/アフロスポーツ

準決勝から高速バトル

 パリ五輪を本気で目指した高校生がインターハイの舞台で〝異次元の走り〟を披露した。日本選手権の男子800mを制した落合晃(滋賀学園3)だ。

 筆者はインターハイを20回ほど取材してきたが、最も驚かされたパフォーマンスといえるかもしれない。なぜなら、高校生の大会で〝日本新記録〟が誕生したからだ。そして、そこまでのストーリーも面白かった。

 落合は昨年のインターハイを1分47秒92の大会新で制して、2年生Vを果たしている選手。今季は1分45秒82(日本歴代3位)の高校記録を打ち立てて、日本一にも上りつめた。高校の大会にライバルはいないと思われたが、伏兵が現れる。

 1500mで高校歴代2位に相当する3分37秒82のベストを持つフェリックス・ムティアニ(山梨学大2)だ。大会前の800mベストは1分48秒95だが、インターハイの男子1500mを3分40秒66で完勝。同800mの準決勝で落合を本気にさせたのだ。

 ふたりは準決勝2組に登場。落合が400mを55秒で入ると、ムティアニがピタリとつく。ふたりは最後の直線で競り合うと、ムティアニが1分47秒92で先着。落合は1分48秒09で2着だった。

 ムティアニのタイムは昨年、落合がマークした大会記録と同じ。翌日の決勝では、ふたりの大会記録保持者が再戦することになった。

 

もうひとりの2年生がアシスト

 男子800m決勝のスタート時刻は13時50分。猛暑のなかで落合は「連覇」と日本選手権で届かなかった「1分44秒70(パリ五輪参加標準記録)」を狙っていた。日本選手権では前半で先頭に立つと、自らペースを作って、「高校記録」と「日本一」を手にしたが、レースは意外なかたちで幕を開ける。

 キーパーソンとなったのが菊池晴太(盛岡四2)だ。決勝進出者のなかで準決勝のタイムが最も遅かった選手が9レーンから果敢に攻め込んだ。

「自分の持ちタイム的に優勝は厳しいかなと思ったので、後ろからいくよりは自分から前に出て、いけるところまでいってみよう、と。具体的なタイムは考えていなかったんですけど、自分が先頭で(1周目を)通過しようと思ったんです」

 赤いユニフォーム姿の2年生が猛スピードで飛び出して、落合が追いかける展開になった。400mは菊池を先頭に52秒で通過。2周目に入り、落合がトップに立つと、すぐにムティアニが反応する。終盤はふたりの激戦が待っていた。

 残り200mを前にムティアニがトップを奪い、600mは1分18秒で通過。落合は動じない。フォームを崩すことなく、最後の直線を駆け抜ける。顔を歪めたムティアニの右側を颯爽と走り、残り50mを切って逆転に成功。最後まで力強い走りを見せた落合が連覇を飾った。

 クライマックスシーンは大歓声と拍手でスタジアムが大いに沸いた。公式タイムが発表されると、またどよめきが起きた。

 落合の優勝タイムは1分44秒80。自身が保持していた大会記録(1分47秒92)とU20日本記録・高校記録(1分45秒82)、それから日本記録(1分45秒75)を大きく塗り替えたのだ。2位のムティアニも1分45秒10の好タイム。3位は渡辺敦紀(洛南2)で1分49秒27だった。

 日本選手権の決勝は目指していたタイムに届かず、悔しさをあらわにした落合だが、この日は違った。

 最終的には1分55秒42の最下位(8位)に終わった菊池がゴール後にうずくまっていると、落合が駆け寄り、背中をたたいて感謝の気持ちを伝えた。

 前半は菊池がペースメーカーのような役割となり、後半はムティアニが落合のポテンシャルを引き出した。2年生ふたりの好アシストがあったからこそ、日本人初の1分44秒台が実現したといえるだろう。

 

ゴチャゴチャしたレースを冷静に駆け抜けた

 落合はパリ五輪の出場を1年間思い続けてきただけに、日本選手権が終わった直後はかなり落胆したという。それでもインターハイの連覇に向けて、しっかりと仕上げてきた。

 準決勝でムティアニというライバルが登場したことで、「競ったらいいタイムが出るかな」という予感もあった。そのなかでも落合は日本選手権と同じく、自ら引っ張って、「1分44秒70」を目指す気持ちだったという。

「400mは52秒ぐらいで通過したいと思っていたんですけど、菊池君がハイペースでいってくれたので、無理する必要もないなと思って冷静に対応できました。ラスト200mでムティアニ君に前に出られましたが、予想していましたし、ここで焦ったらいけないと思っていました。こんなにゴチャゴチャしたレースは久しぶりだったんですけど、今回は最後まで冷静に走れたのが良かったのかなと思います」

 1分44秒80という信じられないタイムを叩き出した落合。高校生ながら日本記録保持者となったが、「もうちょっといけるなという感覚はあります」と豪語した。落合の視線の先にはこれまでの日本人が見えていない〝景色〟が映っているようだ。

 次の目標は8月下旬にペルー・リマで開催されるU20世界選手権になる。

「これぐらいのタイムを持っている選手も出てくると思うので、勝負をして勝ちたいという気持ちがあります。1分44秒台で満足せずに、43秒台、42秒台を狙う気持ちで取り組んでいきたい」

 今季のU20世界リストは豪州選手の1分44秒12に次ぐ2位。展開次第では金メダルを狙える位置にいる。まだまだ落合は私たちを驚かせてくれそうだ。

「今後は1500mも走ってみたいですし、駅伝もあります。チームは全国高校駅伝の入賞を目指しているので貢献したいですね。将来ですか? まだ何をやるかわからないですけど、800mや1500mのミドルは結構好きなので、頑張ってやっていきたいです。来年の東京世界陸上は800mで狙いたいと思っています」

 駅伝にも興味を持つ落合だが、今後はどんな進化を遂げるのか。非常に楽しみだ。