松江市に残る武家屋敷跡 写真/m.Taira / PIXTA(ピクスタ)
(鷹橋忍:ライター)
NHK連続テレビ小説『ばけばけ』では、主人公・松野トキの親友である、円井わんが演じる野津サワと、濱正悟が演じる「半分弱」こと庄田多吉の初々しい恋愛が話題を呼んだ。庄田多吉は、吉沢亮が演じる錦織友一のモデル・「大盤石」と称された西田千太郎とともに上京し、文部省の中等教員検定試験を受けた、本庄(本荘)太一郎を参考にしているといわれる。今回は、この本庄太一郎を取り上げたい。
首席は「大盤石」西田千太郎
本庄太一郎は文久3年(1863)8月13日、島根県松江市雑賀町の武士の家に生まれた。
慶応4年(1868)年2月4日生まれの小泉セツより5歳年上、文久2年(1862)9月18日生まれの西田千太郎より1歳年下となる。
西田千太郎も、雑賀町の生まれである。
父は本庄久兵衛、母はヨシといい、本庄太一郎は二人の長男だった。
松江北高等学校百年史編集委員会編『松江北高等学校百年史』によれば、本庄太一郎は雑賀南小学校に入学。明治9年(1876)7月に下等小学科を卒業。
同年9月、3月に創設されたばかりの教員伝習校内変則中学科に、西田千太郎とともに入った。
ここは翌明治10年(1877)に、松江中学(明治19年に島根県尋常中学校となる)として独立する。
当初、松江中学は和漢学科のみの学校だったが、明治11年(1878)に、和漢学科3カ年課程の「一科」と、英語科4カ年課程の「二科」の編成に変わった(平川祐弘監修『小泉八雲事典』)。
本庄太一郎と西田千太郎は、二科の課程に入っている。
成績は、西田千太郎が常に首席だったという。
ところが、西田千太郎は明治13年(1880)9月に退学し、即日、二科の授業手伝に就任した。月俸は3円だったという。
西田千太郎にとっては不本意な退学であり、彼の両親の意向によるものだったと推測されている(以上、松江北高等学校百年史編集委員会編『松江北高等学校百年史』)。