小泉セツ
(鷹橋忍:ライター)
NHK連続テレビ小説『ばけばけ』では、主人公・松野トキの最初の夫、寛一郎が演じる松野(旧姓・山根)銀二郎が話題になった。松野トキのモデルである小泉セツにも、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)と出会う前に結婚し、別れた夫が存在する。今回は、小泉セツの最初の夫である前田為二をご紹介したい。
困窮する稲垣家
まず、小泉セツが前田為二との結婚に至るまでの背景を振り返りたい。
小泉セツは、慶応4年(1868)2月4日、島根県松江市南田町で、松江藩士・小泉湊とその妻・チエの次女として生まれた。
小泉家は松江藩に代々仕え、禄高三百石の「上士」と呼ばれる由緒ある家柄だった。
だが、セツは小泉家で育つことはなく、生まれてから7日目に、松江市内中原町に住む稲垣金十郎・トミ夫妻の養女に迎えられている。
稲垣家の家柄は、禄高百石の「並士」である。
そのため養父母の稲垣金十郎・トミは、稲垣家より格式が高い家に生まれたセツを、「オジョ(お嬢)」と呼んで慈しみ、大切に育ていった。
しかし、稲垣家は家禄奉還後に立ち上げた事業が失敗し、多額の負債を背負ってしまう。
セツは学校が大好きなうえに、成績も優秀だったが、進学などとてもできる状況ではなく、義務教育である小学校下等教科を卒業すると、実父・小泉湊が家禄奉還後に興した織物会社で、機織りの仕事をはじめた。
人が良い養父・稲垣金十郎は、厳しい現実を前に働く気力もなく、60歳を超えた侍気質の養祖父・稲垣万右衛門間は、収入を得る能力など皆無に等しい。
よって稲垣家は、養母・トミが縫い物を、セツが機織りなどをして得る僅かな収入だけが頼りとなった。
加えて、はじめは好調だった実父・小泉湊の織物工社も衰退に向かい、最後には倒産することとなる。
そんな状況のなか、稲垣家の建て直しのために聟養子に迎えられたのが、前田為二である。