小泉八雲
(鷹橋忍:ライター)
NHK連続テレビ小説『ばけばけ』は、小泉セツと小泉八雲(ここでは、改名前のラフカディオ・ハーンで表記)夫妻がモデルの物語である。今回は、小泉セツに出会うまでのラフカディオ・ハーンの人生を、ご紹介したい。
彷徨の名を持つ男
ラフカディオ・ハーンは、1850年(嘉永3)6月27日に、ギリシャのイオニア諸島の一つレフカダ島で生まれた。日本にペルーが来航する3年前である。
後に妻となる小泉セツが生まれるのは、18年後の1868年(慶応4)2月4日となる。
ハーンの父は、アイルランド出身でギリシャに駐在していたイギリス陸軍の軍医補のチャールズ・ブッシュ・ハーン。
母は、イオニア諸島のキシラ島(チェリゴ)出身のギリシャ人、ローザ・アントニウ・カシマチである。
ハーンは二人の次男であり、長男のロバートはハーンが生まれてから約1ヶ月後の8月17日に、夭逝している。
ハーンは、生誕の島「レフカダ島」にちなみ、パトリキオス・レフカディオス(英語読み パトリック・ラフカディオ/以後、英語読みで表記)と名付けられた。「パトリキオス」は、アイルランドの守護聖人「パトリック」のギリシャ語読みである。
パトリック・ラフカディオ・ハーンが彼の名となるが、レフカダは古代ギリシャ語で「彷徨」という意味を持ち、ハーンの由来はラテン語のErrare(漂泊)だという(芦原伸『へるん先生の汽車旅行 小泉八雲と不思議の国・日本』)。
その名の通り、ハーンは生を受けたギリシャからアイルランド、フランス、イギリス、アメリカと、日本にたどり着くまで彷徨い続けることになる。