《当山は女人結界を持つ聖地としての姿を守り伝えております。この女人結界は決して、私たち修行者のみによって形作られたものではありません。この霊山を仰ぎ見ながら、ここに心の拠りどころを見出した無数の先人たちが、壱千年あまりの時をかけて、宗教的伝統としてつくり上げてきたものであります。また、結界維持については、信徒や地元の人々と共に信仰を守り伝えてきた女性たちによっても伝承されてきました。
私どもは、今日においても、山上ヶ岳の女人結界を男女問わず修験道で修行し、信仰する者の信仰心としての戒律上の結界と捉え、あくまでも信仰者の立場をもって議論を加えつつ、かつ結界を護持いたしております。
登山の皆様には、この一千参百年の歴史を持つ当山の宿仰に深いご理解をいただき、信仰者の声を尊重いただいて、女人結界の維持にご協力を賜りますようお願いいたします》
祇園祭にも残る女人禁制
女人禁制が全面的に継続されている聖域は、ほかにもある。山ではないが、沖ノ島(福岡県)は、宗像大社三宮の一つである沖津宮が祀られている離島だ。しかし、島全域が禁足地として扱われ、輪番制の神職一人のみが立ち入れることになっている。特に女性の上陸は固く禁止されている。
また、各地の祭祀においては女人禁制がかなり残っている。
日本三大祭、京都の祇園祭における女人禁制は江戸時代から始まったとされている。祇園祭の巡行では、女性が山鉾に上ったり、曳き手になることなどが禁止されており、特に、巡行の先頭をいく長刀鉾では厳格な女人禁制が敷かれている。
「神の使い」である稚児は男児に限られるだけではなく、祭りの期間中は母親とも接することができない。稚児の世話は、父親が実施するという徹底ぶりである。